『女神計画』

'女神計画'……それは、異世界で起きたという『女神による支配』を、この世界で疑 似的に起こそうという、ある科学者の試みであった。戦火に覆われた世界の中で、た だ一つの安らぎ、即ち、'女神への絶対忠誠'を再現するという行為……。

その世界にとって忠誠は当たり前であった。呼吸と同じように、自然であり、そうし なければ死んでしまう類いのものだった。

その科学者は忠誠がないことが、即ち死に至るという世界を再現しようとしてはいな かった。ただ、結果としてそうなっただけだ。だが、後悔はしていなかった。軍部の 願い通りの、血も涙もない殺戮生物兵器にするくらいなら――。

兵器の対義語はなんなのであろうか。人を殺すのが兵器である。ならば人を生かすた めに作られたそれを、なんと呼べばよいのだろう。私は、なんなのだろう。それは 思っていた。

巨大なガラスケースの中で、膝だった部分を抱えて微睡む'それ'に、科学者はいつも 罪悪感を抱えていた。それは自らが禁忌を犯した事への後ろめたさもあり、彼女を含 め幾人もの人生を奪った事への罪悪感でもあり……人間の愚かしさへの悔悟でもあっ た。

科学者は、稀に自らの罪深い両の手を、じっと見つめることがあった。実験中には、 'それ'の肉体を切り裂き、内部に手をねじこみ、いじり回さねばならないこともあっ た。唐突にその記憶が蘇り、赤く染まっているように思えたからだ。おぞましい内部 の触感を思いだし震えるのだ。

止めることは出来なかったのだろうか。いや、止めることなど誰にも出来なかったで あろう。大儀のためには、人権などという些事は抑圧される代表的事象だ。だが彼の 精神は、それに耐えきれなかった。かといって反旗も翻すことが出来なかったのだっ た……。

ゆえに、科学者の心は蠹まれる。なおかつ彼はそれを自覚までしていた。自身が壊れ 変わる恐怖。そこでもし彼に手を差し延べるものがいれば、結果は異なったのかもし れない。しかし彼は孤独であった。彼にあるのは与えられた素材と研究だけ。彼はそ こへ救いを求めるしかなかった。

……軍部の要求は、'それ'に生存本能すら必要とさせない事であった。ただ命令に応 じて敵地に進入、殲滅あるいは侵食させることを目的とした生物兵器として用いるつ もりだったのだ。それが可能なほどに'それ'の今の精神は、新品のノートの如くまっ さらだった。

が、研究者は違う。少なくとも何が善で何が悪かの分別はあった。が、自身が悪と感 じたことは、回りにとっては善であった。その矛盾が彼を苦しめ、壊していた。最早 彼には、'それ'に何を教えれば良いのか判断ができなかった。

崩壊していく自我、善も悪も意味を為さぬ現状の中で彼が目にしたもの、それは'そ れ'を作り出す切っ掛けともなった物質に付属していた、今は研究室の一角に保存さ れている、彼だけが解読できる一片の紙……『女神の詩』と名付けられた物語であっ た。

それは女神による創造と崩壊、そして再生の物語であった。これだけでは平凡な宗教 の聖典と変わりない。だが一点、決定的な違いがある。それは「神による破壊」がな い点だ。最後の審判も、56億7千万年後も、ラグナロクも、シヴァもいない。しかし 救済はあった。全てへの救済だ。

そして同時に、救済された者が、神に対する純粋な愛を抱いていることだ。ノアの箱 船は神への愛に満ちたが、その子孫の一人はバベルの塔を作り、神へと刃向かった。 しかし、此処にはそれがない。ただ純粋な――そう、純粋に神を愛し、共に生きる' 娘'だけが存在していた……。


科学者は女神の世界を想像する。暖かく、笑顔で、女神からの恵みを奪いあうことな く、皆で分け合たえることが自然で、全てが平等で、全てが同じ世界。そして次に、 自らの世界を見回してみる。憎みあい、僻みあい、奪いあい、違う考えのもと、違う 神を信じ、違う表情をした世界。

光は、今の闇が深ければ深いほど、人の目にはそれが輝いて見える。例えその世界が 正常な人の目からしたら、異常なものであったとしても。女神……そう、女神だ。' それ'に分け与えた欠片、それが'女神の木の種'だとしたら、'それ'は女神になれる かもしれない――。

そうして研究者は、'それ'へ女神たる心を植えつけることにした。愛に満ち、全てを 許し、全てを受けいれ、全てに愛を教える心を作りあげた。『女神の詩』どおりの 心。だが彼はひとつ誤ちを犯した。乱暴者を『女神に仇なす者』と定義したのだ。人 では真の女神の心は作れなかった。

その誤ちはある種必然であったのかもしれない。今の彼にとって教える行為は、教え ない軍部への反逆に他ならないからだ。彼の精神の深くで軍部の姿を乱暴者に重ね合 わせていたのかもしれない。いずれにせよ、彼は誤ちを犯し……'それ'は定義の誤り を、本能で感じていた。

だが、'それ'はその過ちすらそのまま受け入れた。魂の在り方を決める心と本能が相 違するのは、ある程度高等な生物であれば普通のことだ。そうして、その過ちは神の 完全性を失わせ、反逆者を区別しようとするエゴと、しかし反逆者にこそ救いを与え んとする積極性を作り出した。

無論、初めから救いを求める者に対しての施しは言うまでもない。慈愛と、救いを与 えるだけの力……完全な神とは言えずとも、'それ'は間違いなく'神'であった。研究 者が望む、『女神の詩』の争いもなく、愛に満ちあふれた世界を創造する力と欲求を 持つ'神'であった。

むしろ『女神の詩』の女神とは違い、'それ'はより能動的であった。悲鳴を聞くまで もなく、自身で乱暴者や救いを求める者を判断することが出来た。悲鳴や願いという 結果がなければ動かない神とは違い、より人に近い思考を持ち、人が理解しやすい、 馴染みやすい'もの'になった。

故に'それ'は、日々'それ'に女神の心を'教え'る科学者の抱く苦しみを、秘めた悔念 を、'それ'に対する心からの懺悔を理解した。彼は他の全ての存在よりも、何よりも 'それ'に赦しを、救いを求めているのだと。――運命が定められた時、軍は'それ'の 投入を決定した。

試験もしていない'兵器'を実践投入するなど、あまりに無謀な決断であった。だが既 に抜き差しならないところまできていた戦況が、投入の早期実行を決定したのだ。… …そう、ある意味で軍もまた'それ'に救いを求めていた。もちろん兵器としての性能 を求めての救いであったが。

'それ'の使用が決定されてしまえば、後はただ迅速に、戦場へと持ち込まれるのみ。 科学者は、'それ'が戦場へと輸送される前に、せめて一言、一言伝えなければと、監 視装置に気を付けつつ、'それ'の部屋に入り、カードキーで部屋をロックし、盗聴妨 害ジャマーを作動させた。


息を荒げる研究者の目の前には、接収されたときとなにひとつ変わらない笑みを浮か べる'それ'が静かに座っていた。'それ'は未だ自身がどこに行き、なんのために作り 出されたのかを知らないままだった。科学者は罪の意識からそれを教えなかった。' それ'に名前を付けなかった。

科学者は荒げた息を調えつつ、笑顔の'それ'に対面するように座り、'それ'の瞳を見 つめた。まるで澄み切った青空のような透明感と、星の海のような深さを併せ持つ 瞳。その瞳を汚してしまうのではないか……科学者は躊躇したが、何も知らぬ兵器に はさせたくない、と――意を決っし、科学者は口を開いた。「今から、最後の授業を 始めます」と。「目覚めたばかりの君にはわからないことが沢山あったでしょうに、 君はずっと笑顔で、僕の言うことを隅から隅まで受けいれて、覚えてくれました。そ れが僕にはとても嬉しく、同時に少しつらかったのです」

科学者は、'それ'にゆっくりと話しかけた。まるで、自分に対しても言い聞かせるよ うに。「君は何のために生み出されてきたのか、どうしてこのような、暗い場所に ずっといる事になったのか、きっと知らないでしょう」頷く彼女の、脚代わりに生え た触手がぴくん、と蠢いた。

「そして、君が何から生まれたのかも。……それを教えるのが、私の最後の授業で す。」彼はまず名前を伝え始めた。'それ'に生える触手の数と同じ、24人の少女の名 前を、彼は一文字漏らさず教えた。次にその少女たちについて自らが知る限りを教え た。時折言葉に詰まりながら。

とくん、とくん。'それ'の触手は、科学者の告げた名前に返事をするように一つ一つ 脈打った。'それ'が、彼女らが自分を形作っている事を理解したとき、科学者は声を 詰まらせつつも、『女神の木の種』の話を始めた。入手場所、施術、'それ'と彼女達 を繋いでいる事も…。

そして「女神の詩」がもう一度科学者から語られたとき、'それ'は自身がどういう存 在なのかを理解した。最後に、科学者は'それ'の瞳を正面から見据え、語った。「そ してこれが僕から君に与える、最後の贈り物になる。君の名前は、オピッタ。古い言 葉で『全て』という意味だ」

「オ……ピッ……タ……」'それ'――オピッタは、まるで自らに言い聞かせるよう に、科学者から与えられた――いや、『科学者に与えさせた』名前を呟いていた。 『全て』――そう、軍に囚われ、良識に反する行為を続けてきた彼にとって、オピッ タはまさに『全て』であった。

「オピ……ッタ……」まるで自身に馴染ませるかのように、オピッタは何度も呟い た。そのたび、科学者は頷き、肯定した。名前を与えられたことで、オピッタの中で 急速に個が固まっていった。'それ'は兵器ではなく、オピッタ……『全て』として完 成に近づいていった。

「そうだよ……'オピッタ'……君が、'オピッタ'なんだ」科学者はなおも彼女に向け て繰り返した。それを受けて、オピッタは何度も繰り返す。次第に声が弾むオピッ タ。その表情には笑顔が浮かんでいき――!「――オピッタ!」彼女は科学者に抱き つき、触手を優しく絡めた。

オピッタとして完成した'それ'は、自らに何が行われ、どうなったのかまで全て理解 していたが、それすら些細なこととして許した。その上で、今、目の前に救いを求め る人間がいた。研究者はこれから自らに起きることを熟知していたが、絡みつく触手 を振り払おうとはしなかった。

いや、寧ろそうなる結末を望んでいたとも言える。彼は救いを求めていた。非人道の 研究、しかも孤立無援と孤独に満たされた空間にて、ただ自らが手に掛けた'オピッ タ'だけが、自分の側にいた。同時にそれは、自らが彼女に対する赦されざる罪を犯 していたことに他ならない。

ゆえにこれから彼が受ける行為は、罰であった。ヒト、乱暴者としての生を捨てると いう罰、しかし同時に乱暴を強要されることがないという救いでもあり、そして彼を 受け入れるという許しをも含んでいた。オピッタの覚醒とともに触手は騒がしく蠢き 始めたが、彼の心は静かだった。

オピッタの手が、触手が、優しく研究者の衣服を脱がしていく。彼が彼であった象徴 が、彼女の手によって拭われていく。しばらくも時が経たないうちに、彼は産まれた ままの姿へと変じていた。そこに幽かな羞恥こそあったが、オピッタの笑顔は、それ すらも融解させていった。

彼は全てをオピッタへと任せた。覚醒したオピッタから立ち上る甘い芳香と、また彼 女の奥底から響く「唄」のような音には、人間の思考を鈍らせる効果がある。しかし そのような理由がなくとも、彼はオピッタへ身を任せたに違いない。彼女の笑顔には それだけの魅力と魔力があった。

オピッタの触手達が、研究者と彼女の姿を隠すように周りを囲い始める。うねり絡み 合い、重なりながら二人の姿を何重にも覆っていく。暫くするとその場所には、巨大 な繭状になった触手が根を張るようにそびえ立っていた。膨張し収縮する度、辺りに 甘い霧のような物が漂う……。

繭の内は、研究者とオピッタの二人だけだ。その周りには21のつぼみが彼らを見守る ように生えていた。「私達の一番近くで一番最初に一番強く救いを求めたあなた」オ ピッタの口調ははっきりしていた。「だから、私達の全てを使って救います」周りの つぼみが、一斉に開き始めた。

くちゅり、とやや粘っこい音を立てて綻ぶ蕾。そこから現れたのは……。「……あぁ ……」……かつて研究者が手を掛けた、いや、手を掛けてしまった少女達であった。 蕾の数は21。つまり繭を形成している触手に混ざる三人を除き全員、蕾から身を乗り 出し彼を見つめている。

てらてらと輝く粘液でコーティングされた少女たちは、蕾から這い出ると笑顔のまま 彼へと殺到した。一人が右手の指先を嘗め、一人が右腕を撫で回し、一人が肩を揉み ほぐし……右手だけでもこんな調子だった。口も、目も、胸も……彼女たちは恐るべ き柔軟さで、彼を包みこんだのだ。

(ああ……)全身隈無く行われる、全てを包み蕩かす愛撫に、研究者は体を震わせなが ら、心から涙していた。涙は二人の少女に舐め取られ、瞼の周りに甘い唾液の化粧が 施される。嗚咽を放つはずの口には、逆に染み渡るような甘さの蜜が流し込まれ、心 をやや沈静させていく……。

42の乳房が彼を包み、42の乳首が彼を撫でまわした。21の舌が彼を舐めまわし、21の 口が愛を囁いた。210本の指が彼の上を踊り、42の耳が彼の喘ぎを聞き、42の瞳が彼 の痴態を眺めた。21の彼女たちはいつしか形を失い、ひとつの肉の繭となって彼を包 んでいた。

その外側で饗宴を見守る三人の娘もまた、件の肉の繭に混ざっていた。形成された繭 の中で、彼の全身は余すところ無く軟らかな肉に包まれ、日溜まりの中にいるよう な、暖かい愛撫を受けていた。と……?「……?」いつの間にか、彼のお臍には繭か ら出た触手が繋がれていた。

研究者と繋がった触手のもう一方は、肉の繭の外にいるオピッタの臍へと繋がってい た。彼女は肉の繭ごと彼を抱き締めながら、自身の内で練り上げた温もりを彼へと送 り出していた。同時に彼の罪は浄化され、白い液体へと変わる。繭の中へと放出され たそれは、24の卵が受け止めた。

浄化された彼の罪を受け入れた卵は、徐々にその大きさを増しながら、彼を臍の触手 ごと包み込むように膨張していく。互いに触れ合う側から一体化し、同時に彼を呑み 込んでいく卵。繭を内側から覆うそれを……しかし彼は全て受け入れた。オピッタの 温もりが、彼に広がっていく。

彼の肉体とオピッタの温もりを糧に、21の卵は蕾へと変わってゆく。同時に、残り3 つは彼の肉体を置換してゆく。温もりとやさしさと肉と幸せに包まれながら、彼の意 識は遠ざかる。そしてついに意識が消える最後の瞬間、彼の目からはひとしずくの涙 が溢れ落ちた。

その涙は果たして、人の身に別れを告げることへの哀愁か、赦しを得た事への心から のカタルシスか――それは彼にすら分からず――そのまま彼の存在は、優しい世界に とけ込んでいった。「――有り難う御座いました。そして――」目の前の蕾を抱き締 めながら、オピッタは呟く。

「おやすみなさい。眠っている間、今度は私が守るから」中では彼の変化が加速して いた。彼に癒着していた21の蕾には、オピッタと同じように女性がいた。彼と24人の 娘との間に出来た「娘」だ。彼の変化に呼応し娘たちは目覚め、液化しながら蕾の 奥、つまり彼の中へと侵入した。

彼の中へと進入した娘達は、先に彼の体を作り替えていた三人の娘達と合流した。互 いが互いに微笑み合いながら、彼女達は彼の体を包み込むように、溶けて混ざり合っ た。蕾と彼の僅かな隙間をも埋め尽くす、柔らかく暖かな羊水となり、変化しつつあ る彼の体を抱き締めたのだった。

温もりに包まれながら、罪の象徴でもある赤い血液は臍の触手から吸い出された。血 管だったものに神経が絡まり、そこになにかが流れるだけで心地良い幸せを感じるよ うになった。さらに女神の全てを受け入れる性質が、物理法則をも越えて娘たちを体 内へ受けいれられるように変えた。

羊水となった娘達が、次第に彼の体の中に入っていく。個々の区別すらあやふやに なった彼女達。ある者達は神経を伝い血管に入り、彼の全身を巡るようになる。また ある者達は彼の細胞に染み入り、'女神の娘'としての変化を促進させる。またある者 達は脳へ、暖かな心に浸しに……。

彼女たちは細胞のひとつひとつ、骨の奥まで浸透してやさしさを教えこむ。それに骨 髄が答え、やさしさを生産し始めた。ここで役目を終えた触手が切り離され、彼の娘 たちも住処となる蕾へと帰っていく。そして蕾のない3人は彼の体内へ住処を作りは じめた。2つの胸と、股間に。

(――♪)体を巡るやさしさが、三人の体に満ちたやさしさと合わさって確かな熱を持 ち、'彼'の体の輪郭をゆっくりと変化させていく。平坦だった胸が、二人を受け入れ ながら徐々に膨らみ、柔らかさと弾力性を持ち合わせていく。股間は一人を受け入れ るよう、雄が埋もれていく。

そして笑顔が似合わなかった厳つい顔も、丸みをおび、可愛らしさを感じるものに なった。「女神の娘」、気がつけば彼の身体は完全にそれへと変貌していた。……深 い眠りについていた彼の意識。そこへオピッタの声が微かに届く。「ホシキ………… さあ、ホシキ……起きて……」

「――?」ゆっくりと、彼――いや、彼女'ホシキ'の意識が、輪郭を持ち始める。同 時に、まるで氷が溶けるようにゆっくりと、熱を持った彼女の体が、オピッタの柔ら かな声に反応して動き始める。「――ん――」体の具合を確かめるように、ホシキは ゆっくりと伸びをした。

ここで一旦視点を外へと移そう。オピッタが抱きしめていたはずの繭は今やどこにも なくなり、蕾も元に戻っていた。ただひとつ元通りでないのは、腹。オピッタの腹は 今や妊婦のように膨んでいた。が、限界までホシキを感じ触れておこうと、膨らみは わざわざ最小限に調整されていた。

その腹が――ほんの少し、内側から突き上げられた。「んんぅっっ……♪♪」オピッ タの中を巡る、柔らかな痛みにも似た快感。それはお腹の中にいるホシキが伸ばした 手が、彼女の内壁を擦ったからだ。手だけではない。脚の代わりに生えた触手もまた 伸び、内壁に触れていったのだ。

そして、ホシキを包む肉がふるりと波紋を立てる。中のホシキは、それが面白かった のか、内側から壁を刺激しはじめる。手で撫で回してみたり、舌で舐めてみたり、甘 く噛んでみたり。そのたびに肉の壁はふるふると揺え、刺激によっては大きく波立 ち、ホシキの世界が揺れ動いた。

「ん……やふ……はぁ……ん♪」嫌々と体をくねらせながらも、オピッタの顔は嫌 がっているような様子はなかった。寧ろ、胎の中を動くホシキのじゃれつきを、心の 底から受け入れていた。腹を奇形に歪ませながらも、胎の内側を満たす肉壁を、万華 鏡の如く形を変えて蠢かせて……。

密着し、波打つ肉壁と戯れることで、ホシキは自らのカタチを知っていった。どう意 識すれば蕾が動き、開くのかを理解していった。その過程でホシキは自らの内に24人 の娘たちが居ることを知った。彼女たちは体内を駆け巡り、ホシキの理解を促すよう に内側から舐め回した。

彼女達の24の舌による愛撫に、ホシキはもどかしそうに体をくねらせ悶えたが、同時 に、自分の体が広がっていく感覚を得ていた。まるで歌うように巡り、囁きかけるよ うに舐め擽る彼女達。ホシキはそれに翻弄されながらも、彼女達、そして自分の体と ホシキ自身を繋げていった。

『そろそろ、かしら』内側からの快感を受けいれるだけだったオピッタの様子が変化 がする。快楽を受け入れ楽しんでいた声が、力を入れ息む声に変わったのだ。「くっ ……ふ……っ、ふぅ……ん……!」力を込めるたび、オピッタの腹が大きく丸く、ま るで椿の蕾のように膨らんでいく。

『――!?』オピッタの胎の中で、今や体と自己を統一したホシキは、周りを包む世界 が、確かに変化したことを感じた事を感じた。それに初めは驚いたものも――すぐ に、それが『喜び』であると、ホシキは――いや、ホシキ'達'は感じ、誰もが思わず 微笑む笑顔を浮かべていた。

と、その笑顔に光が当たる。肉壁の中央に小さな穴が開いたのだ。ホシキは肉の中で 数十年ほど眠っていた気がしていたが、ゆっくりと広がる穴から見える鉄壁は、オ ピッタと抱き合ったあれからなにひとつ変わってはいなかった。粘液で濡れた肌に、 外気は冷たかった。

「(……)」一瞬、出るのを後込みしそうになったホシキを、内に眠る24人の娘達が、 優しく諭していった。曰く、外が寒いからこそ、私達が暖めてあげるべきなんだと。 曰く、外の世界では、もっと様々な愛に溢れていると。それに呼応するように、彼女 に当たる光は広がっていった。

「…はっ……ふぁ……はっ……!」人ひとりが入れる程度にまで、オピッタの腹は膨 れ上がっていた。オピッタは大きく背を反らせ、臍を天井へと向けていた。少女たち も蕾から出て、オピッタを支え励ましていた。そしてついに、臍から渦を巻くように 腹が割け、大きく"開花"した。

「――ぁあ、あふ、あ、ふあああああああああっ……♪」――まるで蕾が綻ぶよう に、膨れ上がった腹は外側に向けてめくれ上がり、幾重にも連なったオピッタの瑞々 しい肉襞が露わになる。皮膚の切れ目から漏れ出した蜜に濡れたそれは、新たな命を 生み出す喜びにふるふると震える。

肉壁も一枚ではない。二枚、三枚……まるで、乙女椿のように花開いてゆく。幾重も の柔らかい肉の花びらは、内側のものをなんとしても守ろうとするオピッタの愛の顕 れだった。そして最後の一枚が開いて行く。そこにはホシキが立っていた。何もかも を受け入れる優しい笑顔だった。

『おめでとう』と、オピッタを支え励ましていた娘達の何人かが、ホシキと暖かな抱 擁を交わす。ホシキはそれに若干のむず痒さを覚えながらも、祝福の女神達の愛撫を 受け入れた。オピッタの肉椿に満ちていた蜜で覆われた肌は、彼女達との交わりの中 で本来の色を取り戻していた。

その後ろでオピッタの肉椿がじゅぶじゅぶと音を立てて閉じ、あっという間に戻って ゆく。すっかり元の腹に戻ったオピッタはゆっくりと体を起こすと、ホシキに向かっ てにっこりと微笑みかけた。彼女の全てを受け入れ祝福する、そんな笑顔。思わずホ シキはそれに熱い抱擁で答えた。

二人を取り囲み、更に抱擁を求めるように、二人の触手が絡み合い、巻き付き、二人 の距離を更に狭めていく。オピッタの娘になる前とは違う視線の高さは、より無理無 く彼女との深いハグを可能にしていた。蜜を緩やかに求めるように、二人はキスを交 わしながら舌を絡ませていった。

「さあ、受けとって……」ホシキの頭の中にオピッタの声が響く。と、口内へ粒状の なにかが流しこまれる。「私の種。ホシキのおかげで沢山つくることができたの」ホ シキはそれを受けいれ、こくん、こくんと飲みこんでゆく。蕾同士でも、胸同士で も、同じように流し込まれてゆく。「んん……ん……んん……♪」種が流し込まれて いく度に、ホシキは自分の中が更に満たされ、心が温かくなっていくのを感じてい た。同時に――それはホシキの精神の奥底から、『女神の娘』としての本能を呼び覚 まし、徐々にホシキの心と融和し、全身へと広がらせていった……。


しかしその甘い時間を邪魔する者がいた。乗組員が異常を察知したのだ。部屋の出入 口が轟音に破壊され、すぐさま銃弾の雨がオピッタとホシキへ浴びせられる。…… が、彼女たちは何事も無く熱い抱擁を続けていた。彼女らに当たった銃弾全て、その 愛と体でなんなく受けいれたのだ。

『……』銃弾をその体に受け入れるオピッタとホシキの中に浮かんだもの、それは彼 らに対する慈しみと悲しみであった。いずれ彼らは戦いの中に己をすり減らし、愛で 満たされることなく亡くなっていく。そう、あの『女神の詩』に出てくる乱暴者の、 かつての姿ように……。

だが兵たちにそんなことは関係ない。「……化け物め」指揮官はそう吐き捨てると、 次の攻撃の指示を飛ばす。すぐさま後列に居た一人の男が立ちあがり、巨大なロケッ トランチャーをオピッタとホシキへ向ける。万が一にも外さぬため、彼は目を細め" 女神たち"の顔を注視した。

そんな彼を、'女神達'は顔を向け、見つめる。本来、躊躇無く彼は引き金を引かなけ ればいけなかった。未知の鎮圧、それに確実性を求めるのは無理からぬ事ではある。 だが――その姿勢が、彼に気付かせてしまった。剰りにも澄んだ、全てを見透かし受 け入れるような二人の双眸を。

そして気付いたとき、最早彼には攻撃することは出来なくなった。武器を捨て、隊列 を抜けると彼は"女神達"へ向けふらふらと歩き出す。「……ちっ」その"兵器"の特質 をよく知っていた指揮官は、即座に発令する。「彼を処分しろ」多少の痛みを伴いつ つも、それはすぐに実行された。

――強烈な破裂音と同時に、彼の背中は、腕は、脚は、頭は……血飛沫をあげた。痛 みに叫ぶ間もなく、彼は地面に倒れ込み――じゅるん、とオピッタの触手の一つに、 体を埋めていった。……目の前で引き起こされた惨劇に、ホシキは渡された種が体内 で増えていくような気がした。

そして、それはオピッタも同じだった。触手、42本がぐぱぁと、その先端を開く。中 の少女たちが笑顔を兵へ向けると、暴風が如く一本につき一人、兵を飲みこんでいっ た。偶然にも、残ったのは指揮官だけ。直ぐ様背を向けた彼には、ホシキの胸から吹 き出した乳が浴びせられた。

背中に染み入る暖かな気配が、指揮官の体から力を一気に奪い、転倒させた。せめて 軍に知らせなければと、緊急連絡用の無線機を取り出し、上層部に連絡しようとする ――が、それは叶わない。彼の体には、既に『女神の乳』の影響下にあった。「う… …く……くそ……」彼は呻く。

「おとなしくしてて?」彼の耳元で、女性の声が囁いた。気がつけば背中の重みも、 やわらかいスポンジを押しつけられているようなものに変わっている。彼に浴びせら れた乳が粘度を増しつつ、女性を形作っていた。「あなたも、救ってあげるから」乳 の女は彼の服を脱がしていった。

「や、やめろ……」なおも精神で抵抗する彼だったが、その声は着実に弱々しくなっ ていく。服に手を掛け、一枚ずつはぎ取る乳の女は、その体を少しずつ、彼を包む布 の内側に染み入らせ、服の代わりをするように彼の全身を包み込んでいった。司令官 の体に、温かな波動が広がる……。

むず痒いような暖かいような、そんな感覚が染み込んでいく。例えるならやわらかな ベッドで包まれた朝。もう何年も味わっていない感覚が、捨てたはずの感情を呼び起 こした。いつしか彼の動きは止まり、股間が大きく膨らんでいた。が、乳の女はそこ にだけは触れようとしなかった。

(何故だ……)心の片隅に浮かぶ、ほんの小さな思い。女神を受容し求める、その一欠 片の感情に、体に染み渡った女神のミルクは流れ込み、穴を広げ……埋めていく。股 間はその間にもさらに大きさを増し、ひくり、ひくりと戦慄きすら奏でていた。(… …ぁ……あぁ……)彼は呻く。

ミルクのぬくもりは、感覚をあいまいに溶かしていった。脳はどろどろに溶け、論理 を組むことは出来なくなっていた。ただ一点、股間だけははっきりと熱く、そこだけ は確固たる存在感があった。心が、魂がそこに集まり、欲望に焼かれていた。耐えき れず彼は言った。

「助けて……」

――それに応えるように、彼の体に付いた乳が一気に、しかし優しく'彼'を埋めた。 まるで日の光を浴びたタオルのように柔らかく、赤子の肌のような瑞々しい弾力とす べすべ感を持ちながらも、さながら蜜のような粘性と潤滑精を持つミルクは、'彼'の 熱を和らげ、枷を緩めた。

こぽり。緩んだ狭間から、彼のミルクが噴き出した。始まればそれはもう止められな かった。いや最早どこにも、筋肉の一筋にさえ止める意思はなくなっていた。その証 拠に射精は痙攣するような力強いものではなく、開けっぱなしの蛇口のようにどろど ろと垂れ流されるものだった。

(……ぁぁ……)再び彼は呻く。だがそれは、先ほどまでの苦悶のそれとは違い、心の 底から解き放たれたような響きを持っていた。股間が持つ熱が、温もりへと変化し、 彼の戦慄や恐怖、悲哀などの諸々の感情を融解させ、どくどくと放ちながら甘美なミ ルクの中に溶かしていく……。

そうして白いミルクは彼の全てを受け取ると、ホシキの中へと戻っていき、後にはぴ くりとも動かず、心臓が動いているだけの空っぽの肉体が残った。と、いつの間にか その近くに2本の触手を持つ少女が立っていた。彼女は彼を見てくすりと笑うと、触 手のひとつが大きく口を開いた。

――ぐ……ぱぁ。ゆっくりと、沈み込みそうなほど柔らかい、肉襞が密集したそれを 見せつけるように広げる彼女の顔は、どこか彼に撃たれ、オピッタに呑み込まれた兵 士の顔の面影があった。彼女の様子を、暖かな眼差しで見守るオピッタ。その『蕾』 の一つが、完全に花開いていた。

「わかってる。あなたは、私を助けようとしてくれたの」

彼女の語りかけに応えることが出来るものは、既になかった。彼はただ呆けた目で、 彼女の肉の蕾を見つめるばかりだった。

「だから今度は、私が助ける番」

彼女のそこが彼を中へ包みこむと、むちりと音を立て、口が閉じた。

研究所に……オピッタとホシキ、そして娘達が居るこの場所に、深い静寂が戻ってく る。乗組員――兵士達と対峙する中で、ホシキの心はすっかり『女神の娘』としての 本能と融和していた。自身の持つ触手の中から吸い出される悲しみを受け入れ、温も りに変化させて送り出していく。

産み出された彼女たちは、まずは互いに微笑みあった。その後は思い思いの方法で、 温もりを感じあい交換した。あちらでは抱擁、あちらは口付け、さらにあちらでは互 いの蕾を擦り合わせていた。そのてんでバラバラの交友が皆に行き渡ったそのとき、 その部屋の、最後の蕾が開いた。

「……」

ぼおっとした表情のまま、隊長の面影が幽かに残る少女が辺りの'娘'達を見回してい た。とくん、と彼女の奥底で何かが脈打つ。その度に、彼女の中に何処か不思議な感 覚が沸き起こってきた。暖かく柔らかで、気持ち良くて素敵――笑顔の彼女を'娘' 達は抱き締めた。

「……たいちょぉ……」どちらかと言えば、'娘'たちの洪水に呑まれた、といったと ころだった。触手が蕾が舌が胸が蜜が、彼女の元へと押し寄せた。しかしその荒波の すべてを彼女は受け入れた。「あは……みんな……」'娘’一人一人を感じながら、 それが出来ることに感謝した。

「んくっ……ぁぷ……ぁ♪」彼女の口に、乳が蜜が大量に流れ込んでくる。それは生 えている触手からも同じであった。それらが体内にとり込まれていく度に、彼女の体 は火照り、胸に熱がじんじんと溜まっていく。そして――じわり、と浮かんだ彼女の 乳。そこに'娘'達は殺到した。

そこから出るのは、皆から受け入れた蜜を元に、彼女が搾り出した「応え」だ。彼女 たちはこくりとそれを飲みこむと「わかったよたいちょぉ……」と呟く。蜜を元に皆 の全てを知り、理解し、彼女が体を熱くした上で、これからやるべきことを溶かした ミルクは、やさしく甘い味だった。

そしてそれは、オピッタとホシキの口にも運ばれる。彼女が何をしようとしているの か、それを本質的に理解したオピッタとホシキは、'たいちょう'に向けて微笑み…… 喜ばしげに肯いた。――こうして、人を呑み込む兵器を開発する研究所は、平和を広 げる場所へと姿を変えたのだった……。


統月祀日、すでに私、いやこの大陸にとって日付とはなんの意味ももたないものだが、 あえて、こう記すこととする。
正直なところ、何故ここまでの苦悩を私はしていたのか、今やまったく理解できない。 いや、もちろん自身が書いた文であり、そして確かに過去自身は苦悩していたという 記憶ははっきりとあるのだが、何故そうだったのかがわからないのだ。
これは喜ばしいことだ。女神となった彼女たちも、幸せだったはずだ。今はそう思う。
ゆえに、この日誌はこれで終わりだ。もし次の覗き見さんがいたならば、誤解しないで欲しい。 私は後悔などしていない。むしろ、この世界が誕生したことで、幸せで満ちているのだ。
そうだ、女神の詩の訳を記しておこう。これがどんなに素晴しいことか、きっとわかってくれるだろう。

すべての人間が、みな、幸せになりますように。


『女神の詩』

星に生まれた女神は一人
寂しさ故に涙を流す
落ちた涙は川となり
あらゆる大地を潤していく

星に生まれた女神は一人
涙の代わりに詩を紡ぐ
翔る(はしる)言葉は風となり
星を縦横駆け巡りゆく

風水幾度も交わって
潤う大地を緑に染める
風水幾度も寄り添って
巨大な窪地を海へと変える

囁く声が耳に届いた
誰も知らない言葉に満ちた
女神は喚起に声を震わす
女神の孤独は終わりを告げる

けれども声はまだまだ弱く
蛍雪の如く儚く消える
女神は森へと姿を変えて
声達を生かす糧となる

女神の慈愛が見守る中で
声は次第に大きくなった
女神と共に広がる世界
優しい時が流れる世界

例えるならば黒毛の羊
或いは羊に混ざる山羊
ある時声は悲鳴を上げた
悲鳴はすぐに広まった

女神が見守る世界の中に
乱暴者が現れた
乱暴者は生まれてすぐに
声達に無為に手をかけた

乱暴者は増えていく
女神の森を切り開いては
乱暴者は増えていく
声の居場所を奪い取る

女神は声を匿った
女神の華に匿った
花弁の中で声は微睡み
女神の娘に変化した

傷ついた声も匿った
癒しの蜜が傷を治して
甘い香りが心を癒して
声は女神の娘になった

乱暴者はその華を
己の物にしようとしたが
華の在処はおいそれと
手出しできない場所にある

手に入らぬなら消せばいい
乱暴者は火を放つ
炎の中でも華は燃えずに
声は女神の娘に変わる

全ての声は女神の娘
傷つく声も女神の娘
狼藉ばかりの乱暴者を
女神の娘は笑顔で許す

女神は自身の蔦を伸ばして
乱暴者を捕らえては
新たに咲いた女神の華に
優しくゆっくり入れていく

乱暴者はその蔦を
千切り傷つけもがいたが
千切ったそばから蔦は生え
傷はすぐさま引いていく

乱暴者を受け入れた
女神の華は伸縮し
癒しの蜜で体を洗い
甘い香りで心を溶かす

女神の娘が踊る中
粗野だった声は柔らかくなり
月光照らす華の中身は
角張ったものが取れていく

そうして暫く時は過ぎ
女神の華は花開く
涙で謝る新たな娘を
女神の娘は受け入れた

花の香りがするこの星は
女神が治める平和な星で
星に住んでいる女神の娘は
女神のことを愛してる

みんながみんな愛してる