いたい。
いたい。
いたいのは、いたいから?
痛い。
居たい。
痛いのは、居たいから?
居たいのは、痛いから?
欲しいものがあった。
ずっと欲しかったものがあった。
欲しいから、欲しがる。
欲しがるのは、居たいから。
欲しがると、痛い。
欲しい。
痛い。
……居たい?
わたしは……いたいの?
学生の本分は勉強である。
昔からそれは言われているし、少なくともあたしの通う学校の生徒はその辺りはきっちりしている。ハレとケ、騒と静、アクセント。それがあらゆる面に生かされているのが、あたしの目から見てもよく分かった。
当然、あたしもその生徒の一人であるように努力する必要があるわけで………。
「ほら、ここはこの場合があるだろ?」
「あ、そっか。c=0を考えるのを忘れてた」
授業が全て終了した後、あたしは成語と、いつものように喫茶『アイリスアリス』で勉強会を開いていた。授業の後の復習は頭に学習内容を定着させるのに有効だっていうのは、宿題と言う名前の白い悪魔がいまだに世界から滅んでいないことからも分かる。
最近流行りの言葉で言うと……ツンデレ?ちょっと違うか。寧ろ親心かもしれない。『人として』きちんと育って欲しいからこそ、あえて厳しく接する。
他者のために、自分が嫌われ役になる。それが出来る『教師』や『親』が、いわゆる理想化された伝説の存在なのだろう。
それはさておき、あたし達が今やっているのは数1A。はっきり言って……鬼もいいところだと思う。
表偽裏対偶や、必要条件に十分条件、包含関係とか……抽象的すぎて分かんないのも多いし、何よりこれが色々と後に応用されるかも、って言うのが頭が痛い。
はぁ……。
……とか余所事を考えながら、あたし達はペンを動かし、出された問題を解いていく。時間はかかるけど、一問一問解いていくしか方法はないのだ。
店における客の回転率は、女王様曰く問題ないらしい。だからあたし達は、プティングとホットケーキだけで長時間いられるのだ。
そうやっていつものように店内で一通りの宿題と課題、今日の復習を軽く終わらせて、二人で他愛もない話をしながらデザートをつまむ。それがあたし達の日常だった。
アリスであるあたし達の、人と変わらない日常。
この日も、そんな流れていく日常の1Pになるかと、そう思っていた。
けど――。
「でさ〜……ん?」
成語との会話中、ふとあたしは、成語の背中の方にいた、一人の少女が目に入った。
「どうした?菜々」
会話を中断されて若干不機嫌になる成語に、あたしはごにょごにょと言い訳しながらその少女の事を密かに指差す。成語は、あたしの横に来るように席の位置を変えながら彼女の方を見て――同じように固まった。
「………」
どこか俯きがちで、椅子に座って膝元に弱々しく両手を重ねる彼女、年齢は多分あたしと同じか少し違う程度。髪型はショート・ボブで、黒に近い茶色。多分地毛なんじゃないかな?背はあたしより低い。肌の色も、あたしよりも色白。
でもその表情は、明らかに以前のあたし――下手したらそれ以上に沈んでいた。開いた瞳は、ただ目の前の机を反射しているだけのように暗くて、そして虚ろだ。彼女自身も、このまま消えてしまいそうな程に存在が薄い。
そんな彼女は、頼んでいたのだろうホットケーキが来るまで微動だにしなかった。ことん、と音を立てて特性ホットケーキが乗せられた皿が置かれるまで、彼女は人形のように指先一つ動かさなかった。
彼女の瞳が、ホットケーキを映すと、ここでようやく彼女は動き始めた。ゆっくりと腕を上げて――!?
「「!?」」
袖口から見えた腕。月の光を浴びて育ったように思わせる白色を想定していたあたし達は、その肌に無数に見える青痣や傷跡に、驚愕と動揺を隠せなかった。足元はニーソックスとスカートで分からないけど、腕と同じような様相なのかもしれない――!
そんなあたし達の動揺など知る筈もなく、彼女はゆっくりとナイフを動かしてホットケーキを食べられるサイズに切り取り、フォークを刺して、口に入れる。
「――」
彼女の瞳に、ぽう、と光が灯り、口許が緩む。肩から、腕から、全身から過剰な分の力が抜ける。
背負っていた物から解き放たれたような安堵の笑みを浮かべながら、彼女は少しずつ、ゆっくりとホットケーキを口に入れていった。
やがて、皿からホットケーキが無くなると、両手を合わせてごちそうさまを言い、皿を返却場所に返して、代金を払い、そこまで寒くはない春の陽気の中を、手袋をして去っていった。
「………」
あたし達は、そんな彼女の様子の一部始終を、ただ見ていることしか出来なかった。
この店のシロップは、女王様の蜜を食用に加工したものだ。一般人に女王様の蜜を直接与えると、それだけで中毒になってしまう。それは女王様も望んでいないのだ。
でも、女王様の蜜の効果は、本来の効果と比べれば僅かながら、それでも残っている。その一つは『セラピー』。相手の心の傷や不安から、少しだけ解き放ってあげることの出来る力。本来は女王様にあたし達の心を見てもらう時に、心を壊さないために使われるものなんだけど……、彼女には、それが他の人と比べて、心なしか効きすぎているような気配がした。
まさか――?
「菜々?気配調節忘れてるぞ?俺がやっといたから心配はないが」
「あ゛」
いっけない、彼女に夢中になってて、自分の気配を操ることを忘れてた。ただでさえ長時間いるんだから、迷惑かけまいとやってたことなのに……成語、気づいてフォローしてくれたのね……。
「成語、ありがとっ♪」
あたしは成語にとびっきりの笑顔で返すと、そのまま残りのプティングに手をつけることにした。
恒例の「あ〜ん♪」も勿論やる事にして。
あたし達がアリスになって、色々なところが変わったけど、その一つに、睡眠をそこまで必要としなくなった事がある。大体一時間寝てしまえば、体は万全の状態になるのだ。
え?何に対して万全かって?それは勿論……。
トクン……
あたしの奥底から、何かがあたしに呼び掛ける。何か?勿論女王様だ。
瞳を閉じて、耳を澄ませば――
『――アリス、アリス、お茶会の準備は出来ました?』
ほらね。女王様からの一言が。そうしてあたしは心で呟くんだ。
(何でもない日にやりません?)
これがあたし達アリスと、女王様との挨拶前の一言。それが澄んでから女王様はあたし達に告げるんだ。
『えぇ。今日はお預けね。貴女達に伝えたいことがあるから、私の所まで来てもらえるかしら?』
あたしは(はい)と返事すると、家族にバレないように、そっとベッドに縫いぐるみを置いて、窓から外に出た。
服を、ベッドの中に脱ぎ捨てて。
月の光が、何とも心地よい。
男性は太陽に例えられるのと同じように、女性は月に例えられるけど、あたしはそれでも良いと思う。
誰に照らされていても良い。
だってこんなに優しく、綺麗で柔らかい光を放てるんだから。
月が人を狂わすのは、その優しさに人が耐えられなくなったから。だから自分で自分を壊しちゃって、狂っちゃうの。でもね………。
受け入れてしまえば、素敵なのにな。
無理に全てを遠ざけるから擦りきれてしまう。なら、ある程度を受け入れてしまえば、壊れずにいられる。不幸せにはならない。それはきっと、素敵なことなんじゃないかな?
まるで酔ったようにふらふらとそんな事を考えながら、あたしは電線の上をトントンと全裸で走って、『アイリスアリス』の入り口へと、一気に飛び降りた。
『お茶会は?』
「何でもない日にやりましょう」
古典的なキーワードを、アリス達しか発音できない言葉で呟くと、ドアの表面が静かに波打ち始める。あたしがそこに右手を置くと、ぐにゅぐにゅと音を立ててあたしの腕を飲み込み始めた。
「あ……あふ……ふぁ……」
ドアに沈み込んだあたしの腕は、何かやわやわとした肉のようなものによってうにょうにょと揉まれ、指の皴や爪の間まで至るところに粘液が塗りたくられていく。
「……あぅ……ぅあ……あはぁ♪」
下半身が少しずつ濡れてきたあたしは、もう片方の腕も沈めて、そのまま顔もドアに近付けていく――。
ドアと唇が触れたとき、あたしの体は一気に中に引きずり込まれた。
(あはぁ………)
目の前に広がっていたのは、ピンク色の世界だった。女王様のフェロモンがたっぷりと空気のように満ちている、桃色の肉襞が幾つもウニウニと蠢いている場所。つまり、女王様の体の中。
そこであたしは、肉の壁に体を埋め込むように倒れ込んだ。
ずぶずぶと、体が女王様に沈んでいく……。トクン、トクンというあたしの鼓動が、どくぅぅん、どくぅぅんという女王様の鼓動の音とゆっくり混ざりあっていく。
女王様の濃密なフェロモンを吸い込んで、体が少しずつ火照っていく……あたしの秘部が、物欲しげにぱく、ぱくとその口を開いていく……。
ぴとり。
「……あ♪」
女王様の襞の一枚が、あたしの剥き出しの秘部にぺとり、と張り付いてきた。膣肉に直接触れられる感覚が刺激となって、あたしは体を少し震わせ――!?
「あははははぁぁぁああっ!?」
突然、張り付いた襞が物凄い勢いで震え出した!ずむずむとその体を沈み込ませながら、内壁に擦り付けるようにぷるぷると――!
「ッ!?ひぁぁっ!?」
あ、あたしのクリが、ぺろんぺろんって舐められてるよぉっ!
ぬちゃん、ってうにうにした柔らかい女王様の体が、クリをふにふにと包みながらあまぁい蜜を塗り込んでくるよぉっ!
「ひぁぅっ!あひぃあぁっ!ふぁっ!」
ああ……だんだん皮が捲れていくよぉ……剥けた場所をチリ、チリと仄かに触れられて……あぁ……もっとぉ……もっとぉっ!
「もっとふれてぇっ!じょおうさまぁぁぁぁぁっ!」
その叫びに、女王様は最大の慈愛をもって応えてくれた。
女王様の肉襞の先端が、その形を大きく変えて――あたしの豆に食いつき、軽く咬みついたのだ。
肉の中に柔らかく埋め込まれ、全クリトリスを優しく揉まれる感覚の中で――いきなり針を打ち込まれたような刺激!
傷に残らない程度の、優しい牙――その程度の刺激で十分だった。
「あひぃああああああああっ!」
しゅあああぁぁぁぁ……。
あたしは盛大に潮を吹きながら、女王様の体の中に意識を明け渡していった。
あたしの体も、女王様の体との境目が徐々に曖昧になっていく。そしてあたしの意識も――。
『――ナナ、アリス・ナナ、聞こえますか』
(――あ、じょおーさまぁ……、はいぃ、聞こえてますぅ)
じょおーさまのこえが、あたしのあたまのなかにひびく……。
『ふふっ……ちゃんと返事してくれて……良い子ね』
……あ、ほめてくれた、うれしい……♪
さわさわと、あたまをなでてくれているかんじがする……。
『それでね……ナナにお願いしたい事があるんだけど……いい?』
(はいっ!じょおーさまぁ……)
おねがい……うれしい……じょおーさまぁ……♪
『ありがとうね、ナナ』
あはぁ……じょお……さまぁ……こちらこそぉ……。
『それでね………お願いって言うのはね………。この女の子の事を、調べて欲しいの』
(……ふぇ、おんなのこぉ……?)
なんだろ……このこ……どこかでぇ……
『喫茶店にいた、ホットケーキを頼んでいた女の子よ』
(あぁ……あのおんなのこぉ……きずだらけのぉ……!?)
『そう。あの子ね、この二週間ほど前からこの店に通い出したんだけどね、どうも気になるのよね……』
(じょおうさまもぉ……)
『ナナも気になっていたのね』
(はい……)
だってぇ……あのこぉ……みつぅ……
『そこまで効力は無い筈の私の蜜。それであそこまで安心した表情を見せるのは、何か理由があると思うの。恐らく……あの傷と関係のあることよ』
(あのきずとぉ……)
『だから、ちょっとあの子の後を付けて欲しいの。ナナなら、出来るわよね?』
(……はいっ!)
あのこにいとをつけて……それをたどれば……
『うん、良い返事。じゃあ、よろしくね。セイにも頼んだから、二人一緒によろしく』
(セイ……せい……せいごぉ……)
せいごと……うれしい……じょおーさまぁ……あふ……あれぇ……?
『お茶会は、目覚めた後のお楽しみ』
あ……そっか……いえにかえらなきゃ……
『あなたを住み家に還してあげるわ。しばしの別れだけど……』
……じょおーさまぁ……
『これが終わったら、みんなで【お茶会】をしましょう、ね?』
……はいっ、じょおーさまっ♪
苦しい。
くるしい。
クルシイ。
息じゃない。
息もそうだけど。
息じゃない。
「おかあさん……」
お母さんが叫んでる。
お母さんが泣いている。
お母さんが怒鳴ってる。
「おとうさん……」
お父さんが喚いてる。
お父さんが殴ってる。
お父さんが怒鳴ってる。
「みい……」
美井が泣いている。
美井が不機嫌でいる。
美井が……。
みんなが泣いている。
みんなが苦しそう。
みんなが壊れそう。
壊れちゃダメだ……。
壊れちゃダメなんだ。
壊れるくらいなら……。
――私が、壊れてもいいから。
『あの子が来たのは、大体水曜日と金曜日の午後四時くらいね』
女王様は、あたしの部屋に戻すときに一枚のメモを置いていってくれた。ありがとうございます。
という事は、時間的に授業終了後に行ってるって事よね。学生さんかな?多分、中学生くらいの。
この辺りの中学で、『アイリスアリス』に行きそうな距離は――っと、結構あるんだよね。流石にしらみ潰しに探すのは手間がかかるし……あたしの糸もそこまで量はないのよね……『聖杯教団』に気付かれないくらいの、でもそれなりの人に絡み付く糸って。
となるとやっぱし、『アイリスアリス』で張るしかない、か。
そもそも、どうして『闇の因子』って呼ぶんだろ?女王様に以前尋ねたときは、女王様はこう言ってたんだけどね。
『蔑称かどうかは、言う側の心理によって決まるし、そもそも名前なんて便宜的なものでしかないでしょ?』
他人が聞いたときの印象が悪いんじゃないか、そんなような事をあたしは女王様に言ったら、女王様は少し悲しそうな顔をした。
『ごめんね。そもそも私には、人間のようには闇の怖さというものが、理論としてはわかるけど本質的には理解できないのよ』
あたしは反論しようとしたけど――分かってしまうんだ。女王様の言っていることが。
女王様は、元々明かりが少ない世界にいたんだ。だから、闇に対して抱く恐怖は殆んど無い。むしろ近しいと感じている。
それはアリスであるあたしも同じ。ただ……七海菜々としてのあたしが、人間として抱くイメージでは、闇はあまり良いものではない。
そもそも殆んどの人間は、闇を良くないものとして認識している。
それは正義というものを叩き込む人間の教育の成果であることは確かだし、それが間違っているとは、あたしも言うつもりはない。
でも――。
『闇は安らぎ。全てのものを飲み込んで、一時の安息を与えるもの。
私は光だけを求めるのは危険だと思っているの。勿論、闇だけもね。でももし光にあぶれたのなら、私はその存在を匿い、安らぎを与える至高の闇でありたい……』
闇が安らぎ。
確かにそうだ。
人は光の中で眠り続けることなど出来ない。一時は可能でも、いつかは恵みの光に焼かれてしまうだろう。
同時に、闇に居続けても人は朽ち果ててしまう。大切なのは、光と闇の均衡。
女王様は、全ての存在に等しく一時の静寂、安堵を与える存在でありたいと、そう願っているだけなのだ。永遠を望まず、ただ一時で良いと――。
『聖杯教団』……。
彼らは光だけを求める集団になった、と女王様は言っていた……。
世界を、光だけにする。危ない魅力を持った提案だ。菜々なら、きっとそれを歓迎したのかな――そこまで考えて、あたしは首を横に振った。それを歓迎することは、つまり自分の命を素直に明け渡すということ。それだけは絶対に出来ないし、菜々でも――いや、菜々だからこそ実行しようなどと思わない。
あれだけ怖い思いをさせられたのに――。
………考えたところで何も変わるわけでもない。まずは動かなくちゃ。えっと、『闇の因子』に代わる言葉として、何が良いんだろう。……適当に案だけ出してみようかな。
学校の授業を書き留めたノートを一通り見返しながら、あたしは一人路上で、『アイリスアリス』のアルバイト条件を確認していた。
「やっぱり……」
15才じゃ働けないよね……。
ちなみに成語は、今は部活中。「体を引き締めるために入った」んだって、柔道部に。
で、あたしも何かサークルに入りたいことは入りたいんだけど……『アリスの子供』探しで入りそびれちゃったんだよね……あはは。
そんなわけで、暇をもて余しているわけにもいかないから部を探す傍ら、アルバイトなんかもしてみようかな〜とか思ったんだけど、流石にそこまで世界は甘くはないと知った。
仕方無い。常時部員募集中の部を今度から巡るかな……そんなことを考えていた、その時だった。
件の少女が、店に来ていた。
「!?」
予想外とはいえ、驚いてばかりもいられないと思ったあたしは、逸る気持ちを胸の奥に押し込みながら、店内に入って、彼女の死角に座った。
一番待ち時間が少ないシュークリームを頼んだあたしは、気配を抑えながら、彼女の手が出る瞬間を今か今かと待ち続けていた。
「シュークリームでございます」
一先ずシューの乗った皿を受け取って、あたしは彼女の方を再び向くと、彼女のところにも丁度ホットケーキが届いたところだった。
チャンスを逃がすつもりはない。
あたしは気付かれないくらい細い糸を発射して、気付かれないくらい緩く(どうせ粘着するから問題はなし)彼女の小指に巻き付けて、もう一端を自分の小指に巻き付けた。この糸は、今互いに巻き付いた間隔に再び近付くまで、二人を離すことなく伸び続ける。ただ、近付いた時はすぐ外れちゃうし、他の糸を使っても外れちゃうから、色々と使い方が面倒なんだけどね。
彼女は一瞬気になったみたいだけど、そのままホットケーキを切り始めている。
「……よし」
あたしはかなりの小声で「第一段階クリアッ!」と呟くと、勝利のシュークリームをウマウマと……ゆっくり食べた。
花も恥じらう女子高生。ガツガツ食べるのは流石に恥ずかしい。女王様の店なら尚更だよ……。
「――」
彼女が食べ終わり、店を出て八分後、あたしも代金を払って外に出た。小指に巻いた糸に導かれるままに、道を歩いて、住宅街に入ると――。
『絹幸』
家の表札にはこんな文字が。きぬさち?かと思ったけど、よく見たら上にKINUYUKIってルビが振ってあった。
珍しい名字だな〜、とか思いながら、その表札の横の文字も見ると、
正志 律子
なずな 美井
家族構成は両親に、妹あるいは姉と。ふむふむ。そして住所は……と。なるなる。
よしっ。これだけメモれば、明日は成語と一緒にここに行けるぞっ、と。
あたしは、相変わらず気配を薄めたまま、元来た道を戻ることにした。そこまで迷いやすい場所じゃ無かったから、あっさり覚えられたんだよね。
……ん?住所メモの意味がないかな?
止めて。
お母さん。
止めて。
お父さん。
止めて。
美井。
苦しまなくていいから。
悲しまなくていいから。
だから落ち着いてよ。
誰も傷つきたくないのに。
どうしてみんな傷つけあうの?
誰も傷ついて欲しくないの。
だから――
だから私は傷ついたでしょ?
ねぇ――
「――本当にこの住所で合ってるのか?」
「む、失礼な。ちゃんと調べたわよ」
まぁ疑われるのも多少はしょうがないけど。方法が方法だしね。
翌日あたしは、授業を終えるとすぐに成語のところに近づき、デートを誘うような気安さで彼女の家へのアプローチを提案した。少し悩んでいる彼に、あたしはメモを見せて――後はこのような顛末。メモの信憑性を成語はどうも完全には信じきれていないらしい。というより――。
「おい、この角は右だぞ」
「あ゛」
あたしの方向音痴が信用できないだけか。トホホ……。
あたし達が件の家に到着したとき、時計は既に午後四時を指していた。仄かに空に朱色の気配が混ざり始める時間だ。
それにしても……。
「妙な空気だな……」
「うん……」
成語の一言に、あたしはただ頷くことしか出来なかった。
昨日は大して何を感じるわけでも無かったけど、何て言うんだろう。重力を過剰に加えた空気が纏わり付いてくる、って言うんだろうか。出来ることなら今すぐにでもこの場所から逃げてしまいたいような、そんな重々しい空気があたし達にのし掛かっていた。
「……で、来たはいいがどうするんだ?」
「うん……」
それが問題だった。まさか白昼堂々と家に侵入するわけにもいかない。調べるに当たって、余計なトラブルは起こすわけにはいかないのだ。
盗聴できればいいかもしれないけど、生憎あたし達の能力にその手のものは無い。となるとまず打つ手がないわけで……。
「……どうしよう」
手詰まりのまま、あたし達は立ち尽くしていた。他の住人に不審に思われないように、気配を思いっきり低くして。
このまま無駄な時間が流れていくかと思い始めた――その時だった。
『――たなんかぁっ!』
バキィッ!
「「――!?」」
な、何!?今の音!?この家から!?しかもこの声――!?
「――ッ!」
「お、おい待て菜々っ!」
成語の制止を振り切って、あたしは絹幸家のドアを思いきり開けて中に駆け込んだ――
「!!!!????」
あたしの目に映ったもの。
一本柱に縛り付けられた、件の少女、一人。
異常に皮膚に食い込んだ縄、三本。
煙草を押し当てられた痕、計算不能。
ヒステリックに叫びながら頬を叩く母親、一名。
苛立たしげにこちらを見つめる、火の着いた煙草を手にした父親、一名。
怯えた目で親を見つめる、チャッカマンを持った傷だらけの妹、一名。
散乱した家具、無数。
割れた皿、計算不能。
「菜々っ!おい待て――っ!?」
――これらを目にして尚且つ、行われていることを理解したあたしの怒り、オーバーロード。
「このぉっ――!?」
母親の目の前で、彼女を縛る縄が全て切り裂かれ、ぱたりと落ちた。あたしが指から出した糸で、巻き付いた縄を全て切り落としたのだ。
そのままもう片方の手で粘糸を出して、彼女をこちら側に引き寄せる。彼女はただ表情すら変えず、焦点の全く合わない瞳であたしを見つめるだけだ。
そこに何の感情の痕跡も無く。
そこに何の人間らしさもなく。
まるで人間を模した人形のように。
「――許さない」
あたしは初めて、ただの人間に対して怒り、憎しみと言った負の感情を抱いたと思う。
とても、許容出来るものじゃなかった。あまりにも酷すぎた。
どうして、子供に対してそこまで出来るの?柱に縛り付けて、叩いて、爪で切りつけて、煙草の火を押し当てて――!?
「な……何むぐっ!」
突然の不可解な出来事の原因が乱入者たるあたしにあると気付いて、お決まりの反応をする親達に、彼女を後ろにいる成語に押し付けたあたしは粘糸を放って、口と両手足の自由を奪って柱にくくりつけた。
無様にもじたばたと藻掻く親の姿を目にしても、あたしの怒りは収まらなかった。心に灯った黒い炎は、あたしの指を、腕を徐々に鋭く、硬質化させていく。
ふと、視界の端に映った、全く動かない妹らしき人物。彼女もまた、ガラス玉のような瞳を空に向けてぐったりとしているだけだった。まるであたし達の事がまるで目に入っていないかのように、身動き一つする気配もない。
「――許さない」
――許せないし、許さない。
こんな事を、許してはいけない。
こんな人を、許しては――
蜘蛛の足のようになった指を確認したあたしが、親の心臓を狙ってその腕を突き出そうとして――
「――!?」
そんなあたしの行動は叶わなかった。何故なら目の前で、傷だらけの彼女が、腕を広げてあたしの進路を塞いでいたからだ。
「どう……して?」
あたしは信じられなかった。どうしてあれだけ惨いことされたのに、それでも親を庇えるの!?
普通、あれだけ痛いことされたら、庇う必要なんてないじゃん!なのに……。
心の中で燻っていた黒い炎が、彼女の視線を受けて徐々に収まっていく。その中であたしは彼女の表情を見た。
水晶の瞳で浮かべる、全てを受け入れた、笑み。それはどこか、民衆の罪を一身に引き受ける聖女のそれのような――。
「……いいの。私は――」
笑顔を浮かべたまま彼女は――あたしの胸に倒れた。
ト……スン
いつの間に変身したのか、セイが両親二人の記憶と意識を消去していた。軽く額に手を触れ、『閉じて』と呟く、それだけで二人のこの出来事に関するものは、全て消えてしまう。
一仕事を終えてあたしを見つめるセイの目は、何処か悲しみと怒りに満ち満ちていた。
「………」
あたしは何も言えなかった。当たり前だ。先程あたしがとった行動、それはあたしがあたしのためにやったもの。自分の怒りを、その対象に向けただけ。
そこに――彼女の意思は存在しないのだ。
あまりに身勝手な思考で、あたしは勝手に人を殺そうとしたのだ――!
「……」
成語はあたしを見つめたまま、やがて何かを悟ったような表情を浮かべると、そのまま優しい声で言った。
「ナナ、貴女はその子を女王様の元に連れていってくれる?」
「――」
「ナナも、もう気付いてるわよね、その子――『因子』持ちよ」
気付いてる。あたしの奥深くで、あたしの『因子』が囁きかけている。「この子も同じだ」って………。
「………」
でも、あたしは、この子の親を……。
その考えは、当然のようにセイに見透かされていて、セイは躊躇しているあたしの肩をぽん、と叩くと、優しい母親のような声でこう言った。
「さっきの事を気にしているなら、尚更ナナが女王様の元に連れていくべきよ。貴女がやった事は、貴女の手で最後までやり遂げるべきじゃないかしら?」
「う……」
鋭い。反論もできない……。確かに、あたしが飛び出して行った事だ……。
「……分かったわ」
あたしは観念して、彼女を優しく糸で包み、蜘蛛の腹部の上に乗せた。そしてそのまま、ドアを開けて外に出ようとして――セイが部屋の中に居っぱなしなのに気がついた。
「……え?セイはどうして外に出ようとしないの?」
あたしの疑問に、セイは少し溜め息をついて答えた。
「後片付けと、少しやる事があってね。この部屋、どうするの?」
あたしは声に導かれるままに部屋を見て――納得した。
あたしの糸、散乱した木片、血の痕、壁や柱のそこかしこ……。それらを元通りないし正常な状態に戻す必要がある。少なくとも、あたし達が関わった部分は。
なるべく証拠は残しちゃいけないのだ。『アリス』として。
「……ありがとう」
あたしはそうセイに言うと、ドアを出て、女王様の元へと足を急がせた。
入るとき斜陽だった空は、いつの間にか火が沈み、星々が神話の世界を壮大に描いていた……。
ナナが去っていく、その背中を見送った後、私は改めて部屋の様子を見回した。ナナの出した糸が張る蜘蛛の巣が広がっていて、まずそれから片付けなきゃならないな〜、とか考えていると――。
その巣の一部が、幽かに引っ張られているように見えた。
まさか、ここで起きているのは私と少女の妹だけと言うことは――。
予想は的中。
妹は、ナナの出した糸をはむはむと食べていた。まるで葉を食む芋虫のように、少しずつ、少しずつ口に含んで食べていたのだ。
「――」
私はその光景に若干唖然としながらも、糸の端を切り取りながら巻いていき、その子に近づいた。
ナナの糸にも、女王様の蜜の成分は入っていて、その味は甘い。ただし、私のミルクほどの効果はないし、甘いとはいっても綿飴程度のそれだけど。
ナナの蜘蛛糸を口にする瞬間だけ、彼女の瞳に光が戻ってる。でもそれは一瞬だけ。次の瞬間には何も無かったかのように消え、また巨大な蜘蛛糸をはむはむと食べ始めていた。
「……そうだ♪」
私は蜘蛛糸をある部分で切ると(アリスだから出来る技ね)、彼女が食べている方の端っこをあたしの乳首にくっつけた。そのまましばらく待つと――。
はむはむ――コリッ
「あんっ!」
彼女があたしの乳首に噛みついてきた!引きちぎるような強さじゃなくて、例えるならじゃれる子犬の甘噛みのような、優しくてじんわりとした刺激に、私の体は無意識にフェロモンを出し始めていた。
ほんのりと、彼女の肌に朱が差し始める。少しずつ、彼女の唇遣いに変化が現れてきた。
ちゅ……ふむっ……
「あ……あふん……」
彼女の歯が、唇が乳房に触れ、そのまま揉み込み吸い付いてきた。手で揉まれるのとはまた違った、ぼんやりとした中にある鋭い刺激と、顔そのものが私の胸に沈み込んでくる独特の感覚に、私の中でどぷん、どぷんと乳が精製されていく。それは乳房の感触にも変化を与えて――。
ぽよん、ぽよん
むにむにと柔らかかっただけの筈だった胸が、少しずつ弾力を持ち始めたのを、彼女は何も映さない瞳で見つめていた。やがて気に入ったのか、その感触を確かめるように、吸い付いたまま胸に倒れ込んできた。
ぽよんっ♪ぽよよんっ♪
彼女の動きに合わせて、胸も盛大に弾んで、中に溜まったミルクが盛大に撹拌されていく――そろそろ、出そうかも……あと数回かな。
「――♪」
彼女は楽しそうな笑顔を浮かべると、一気にその体重を押し付けた。
「!!??」
乳房に溜まったミルクが、出口を求めて一斉に先端に殺到して――
ぷしゃああああああああっ?
「あはぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
乳首の先端が一瞬震えると、私は大量のミルクを一気に彼女の口に放出した!
「――!?ぶふっ!ごぼっ!」
二桁にも満たない年齢の彼女に全て飲み干せる筈もなく、気管支に入りむせた分、吐き戻した分、口の端から漏れた分のミルクが床に落ちて、仄かに白い霧を生成した。
当然、私の胸にもミルクがかかり、肌を白く染めて、甘い香りを立てている。それは放出されたフェロモンと混ざり合って、さらに彼女の意識に染み渡っていく……。
「――ふみゅぅ……」
彼女の瞳に、幽かに光が点り始めた。むせて苦しかったことで出た一筋の涙、それが苦しさが安らいだ後も、次々に溢れ出してきて――。
れろん……ぺろ……ぺろんっ……
「んふ……ふぅん……ふふ……」
まるで子猫がするように、彼女がその短い舌で、私の胸に付いたミルクをぺろぺろと舐めとり始めた。確かな暖かみを持った舌が粘液を纏って肌の上を滑り回る、そのむず痒いような感触に、私の胸ではまたミルクが製造され始め――マズイ!?
「――!?」
私の股間に生えた逸物が、少しずつその体を巨大化させていく!ま、マズイわ。ここで出しちゃダメっ!彼女の中に出しちゃだめなのよっ!鎮まって――!
「………」
まだ弱々しいけど、確かな光が瞳に宿った彼女は、そんなあたしの様子に気付くこと無く胸を全て舐め終え、今はただ胸に顔を押し当て甘えているだけだった。その頭は、徐々に乳房を滑っていって――。
ばふっ
「――」
女王様に頂いた、胴体の作る深い渓谷に吸い込まれるように落ちていった。
「……くー」
やっと安らいだのか、彼女は意識が切れたらしく、胸の中ですやすやと寝息を立て始めていた。その可愛らしい寝息は、私のいきり立った愚息を鎮めるのに十分すぎる威力を誇った。
みるみるうちに、私の股間に消えていく逸物。十秒も建たないうちに、私の股間は女性のそれへと完全に変化していた。
「………」
どうしよう。この子の記憶をまだ消してない。瞳に光が戻ったってことは、恐らく私の事も覚えている筈。でも、寝ている相手に私の記憶消去は使えない。使ったらこの子の心が完全に壊れるから――。
でももしかしたら覚えていないかもしれない。それに賭けてそのまま部屋に寝かして置くのもいいかもしれない――そうも思ったけど。
むにゅ、むにゅん
私の胸の谷間は、彼女を捕らえ込んで離そうとしない。むしろ深く深く招き込もうとしている。
私が女王様に願った、慈愛に満ちた抱擁を交わす乳と、何があっても相手を守る力、それが虐待を受けていたこの子に対して働いてしまっていたのだ。
表面上は平静に努めてはいたけど、内心、私は最高にパニックに陥っていた。どうしようと何度脳に問い掛けても、返ってくる答えはなくて呆然――。
救いの手は、突然差し伸べられた。
『――アリス、アリス、お茶会の準備は出来ました?』
(何でもない日にやりましょう)
完全に無意識に刻み込まれている挨拶を慌てたように返す私に、女王様は落ち着けるように、ゆっくりと意識に話しかけてきた。
『ご苦労様、セイ。大変だったでしょう』
(はい。もうそちらにはナナは着きましたか?)
『ええ。一先ず、細かい事情はナナから聞いたわ』
(そうですか……)
『感情が先行しちゃったのよね?ナナの』
私は少し俯く。
(……申し訳ございません。私がついていながら、止めることが出来なくて……)
あの時、私が成語として部屋に駆け込んだ時には、ナナは既に変身を終えていた。その彼女の後を追うように私は変身したけど、本当に止めたのは目的の彼女……私に出来たことは、虐待相手の記憶を消したことだけ……。
『セイ、あなたは責任を感じる必要はないわ。既にナナは自分で自分を罰しているし、私は母として、彼女に【躾】を施してます』
王女様はそんな私を気遣うような台詞を私に伝えてきたけど、
(は、はぁ……)
それとは別に気になる台詞があったのは気のせい?気にしてもしょうがないけど……。
(あの……あと、女王様……)
『妹の美井ちゃんの事?』
(え……あ……はい。今、私の胸に収まっちゃっていますが……正直、どうしていいのか困ってます)
実際、胸に埋まった彼女――美井ちゃんはすやすやと、安らかな深い眠りについている。このまま胸から外すと……強引に記憶を消すことになる。それは『アリス』全体として考えると、選択肢の一つとしてとれるかもしれない。でも――。
『………ん〜』
女王様も、少し対応に悩んでいるようだ。私の胸の特性について知っているからこそ、私の悩みの原因の大元にあるもの、それが美井ちゃんがいた環境にある事も、よく分かっているのだ。
『………』
やがて、女王が口を開いて告げた、答えは――。
『その子を、アイリスアリスに連れてきて。あまり時間はとらないから大丈夫よ』
「……ぁ……ぁひぃぁ……」
もう、ずっと、限界に近かった。
本来なら、限界をとうに迎えている筈。それも何度も。でも、その決定的瞬間を告げる波は、あたしに届くこと無く引いていく……。
「ぁ……はぅ……はん……」
…………ぴとん
「はひぃああああああっ!」
引いたと思ったら、次の瞬間には一気に寄せてきて――それでも達することなく引いていく……。
これが、時間も分からない場所に閉じ込められて行われる、女王様の『躾』……。
時間はこれより前に遡る。
『お疲れ様。ナナ……あれ?セイはどうしたの?』
あたしが以前寝かされていたあの部屋に、彼女を寝かせてから、あたしは女王様の部屋まで報告に行った。女王様は優しく微笑んで、労いの言葉をかけてくれたけど……。
「……セイは、まだ現場にいます」
段々、自分の顔が暗くなっていくのが分かる。そんなあたしの様子に気付かないほど、女王様は鈍感ではなかった。
『……何かあったのね、ナナ。出来ればそれを話してもらえるかしら?』
女王様の言葉を拒否する必要もないし、元よりそのつもりもなかった。
あの家で見た、行ったこと全てを女王様に話したのだ。女王様は、ただ静かに聞いていたけど……その顔はどこか悲しそうだった。
『……そう。あの子の傷からそうではないかと思ってはいたけど……やっぱりね』
ふわぁ………。
女王様の胸から、優しい香りが漂い始めた。彼女をこちらに招く、女王様のフェロモンだ。それは洞窟を仄かに吹く風にのって、彼女の場所まで運ばれていく……。
「……」
あたしは、どこかやるせない気持ちになった。
仕方無くなどない。他にも色々出来た。それらに見向きもせず、ただ己の衝動のままに彼らを――。
「……申し訳ございません」
あたしはそう口にすると、そのまま黙り込んだ。それしか出来なかった。これ以上の弁解は、あたし自身にとって言い訳でしかないから。
『……』
女王様は少し悩むような仕草をすると、凛とした視線をあたしに向けた。そして、柔らかな唇が紡いだ言葉には――
『ナナ……私は貴女に、母として『躾』を行うわ。貴女の心に、けじめをつけてもらうために――』
――母親としての力強さ、優しさゆえの厳しさを感じることが出来た。
『本当なら、貴女が今回の事を多祥なりとも悔やむ心があれば十分なんだけどね。でも――私が貴方の母でもあり、その力を与えた身でもある以上は、あまりに自分勝手な理由での力の使用には、私も罰を与えなきゃいけないの。そうでなくちゃ……示しがつかないでしょ?』
規律とは、破られた際の罰則も含めて規律と言う。守らなければならないことは、普通に過ごす分にそこまで不便にならない、ある意味人間社会で生きる上で当然のこと。でも――『普通』は、少し破られただけでも崩壊してしまう。
だからあたし達は、その『普通』を無闇に壊してはならない。それが誓いの内容だ。だから――。
『さ、服を脱いで』
女王様に言われ、あたしは上半身に身に付けていたシャツを脱ぎ始めた。変身すると胸が大きくなるから、少し苦戦はしたけど。
「………」
自分の体を見つめて、あたしはため息を漏らした。何だか申し訳ない気分になったからだ。
そんなあたしを女王様は――
むにょん、ふぁ……
自分の胸に招いて、埋めてくれた。女王様の香りをいっぱい体に吸い込ませてくれた。その優しさが……今は――。
『さぁ、中に入って――』
ぬちゃにちゃぁ……と卑猥な音を立てて、女王様の秘部が大きく裂けた。蜜を過剰に煮詰めたような媚香に、あたしの体がざわざわと疼き出す。今すぐに、誰かと交わってしまいたくなるような、そんな気持ちにさせられる――。
はっ。いけないいけない。あたしは女王様から『躾』を受けなきゃならないんだから。
ほんのりとぼやけた頭をなんとか働かせて、あたしは女王様の体内に、自分から足を踏み入れていった……。
ときゅん、ときゅんと脈動する肉の壁を押し分けて、あたしは体の奥へ、奥へと進もうとした。
「―――」
この頃には既に視界は殆んどピンク色で、一呼吸するごとにその甘くて体がぽかぽかしてくる香りが、あたしの中に染み渡っていく……。
「……あぁ……ぁふ……ふぇ……ひゅぅ……」
段々と肌が敏感になっていって、肉襞がぬらぬらと女王様の愛蜜を塗りつける度に、あたしの体がじんじんと疼き始めた。
「……ぁはぅ……じょぉ……さまぁ……」
『こっちに来て……』
愛蜜の香りに脳を蕩かされていたあたしは、女王様の声を受けて、殆んど無意識で脚を動かしていた……。
「……あ……ふぁ……?」
あたしの脚が止まったのは、今までに一度も行ったことのない場所。そこには白い楕円形の卵が一つとして無く、ただ肉の壁がうねうねと蠢く場所だった。
くちゅ………くちゅ………
所々、床に壁に開いた穴が、淫らな音を立てて開閉していく……。
その空間の中心で、あたしはただ立ち尽くしていた。まるで、そうすることを定められたかのように……。
「……ぁっ……ぁっ……ぁっ……ぁっ……」
あたしは体を動かそうとして、全く指一本すら動かせない自分に気付いた。体を動かそうと脳が命令を送っても、どこかでその命令が途切れてしまっているような、もどかしい感覚。そんなあたしの体へと、女王様の濃縮フェロモンは容赦無く染み込んでいく……。
「……あっ……あぁっ………あぁあっ……あぁああっ!」
女王様のフェロモンは、あたし達アリスですら発情させてしまうほどに強力だ。体内に入って数分で、あたしにもその効果が現れ始めていた。
(かっ……からだが……あついよぉ……っ!)
体の中で、まるで太陽が暴れまわっているような感覚――。体の中から異常な熱量が発散されて、皮膚という皮膚から汗が流れ落ちて、意識すら朦朧としていく……。
(むっ……むねがぁ……っ!)
胸は乳を生産してパンパンに張り始めて、乳首もピンッ、と立って固くなり始めていた。今すぐ揉んで、溜まった母乳を出してしまいたい……!
(ひっ!ひぅっ……っ!お……お〇んこもぉ……っ!)
陸に打ち上げられた魚のようにぱくぱくと口を開くアソコからは、粘度の高いあたしのラブジュースが糸を引きながら流れ落ちていく……!?
(ひぃ……ひゃあっ!なぁ……なんれぇっ!?)
何も触れられていない筈なのに、何かに全身をくまなく撫でられている!腕に、肩に、腰に、お尻の穴に糸の穴、それに全部の脚に透明な愛撫が加えられている!
本来なら大して気持ち良くない筈のそれは、媚香の効果によって敏感になった肌には心地よい刺激となって私の中を駆け巡る!
(はぁゆ……ふ……ぇ……?)
靄がかかったあたしの瞳が映したのは、まるで呼吸をするようにぱくぱくと開く床の穴と――その中に潜む、肉色をした何か。
それが何か――あたしの頭は考える必要がなかった。何故なら――!
しゅるるる……にゅるるんっ!
(!!!!!!!!!!!!!!)
気付いた次の瞬間には、正体が触手であるとさらけ出してあたしを縛り付けてきたからで――!?
考えて欲しい。
さっき、あたしは……何に感じていた?多分、幽かに動くフェロモン入り空気の流れに、あたしの肌は敏感に感じていたと思う。
じゃあ今の状態のあたしの肌に、直接触れられたら――?
答えは――あまりにも明確だった。
「ひぃああぁぁぁ――っ!」
(ひゃああああああぁぁあっ!)
まるで全身に蛞蝓が這っていくように、ぬらぬらとした粘液に濡れた触手がその範土を広げていく!じんわりと生暖かい粘液は、依然として撫でられ続けているような感覚をあたしに与え続けている!
それだけじゃなくて、触手が粘液を塗りつける動き――うにうにと巻き付きながら、まるであたしをぺニスに見立てたようにぐにぐにと揉み上げる動作は、全ての肌が性感帯と化したあたしに、十万ボルトで電気を流し続けたような快感を紡ぎ上げる!
腕や脚に巻き付いていた触手は、まるで朝顔の蔦のようにくるくると体を巻き付けながら伸びていき――!?
くぱぁっ!かぷん
「ひびゃあっ!」
先端を花のように開いて、あたしの両乳にかぶり付くように張り付いてきた!広がった淫らな花の内側は無数の肉襞とぬらぬらとした粘液で覆われていて、張り付かれたときに襞が無数の舌となってローションのような粘液を舐め広げていく――!
「ひみゃああああああっ!」
乳房に吸い付いた襞が、微少で強力なバイブレーションをあたしの胸に伝えてくる!触手にすっぽりと覆われた乳肉は、ぐにょぐにょと為すがままに形を変えるだけ――!?
つろん
「ひぐっ!?」
な……何?いま……アソコが舐められて――!?
つろんっ、にゅろんっ
「ひぃっ!みぴゅぁっ!」
(あ……アソコだけじゃないよぅっ!)
あたしの秘部だけじゃない!お尻の穴も、糸つぼも、脚から伸びてきた触手に舐め回されている――!まるでこれから何かする前の下準備のように、執拗に“入り口”を舐めほぐしている――!?
(ひぇ……ま……さか……?)
絶望にも似た確信は――すぐに現実となった。
ず ぼ ぁ っ !
「ひぁ―――っ!」
完全にシンクロした動きで、触手は三穴にその身を潜り込ませた!そのまま示し合わせたようなタイミングで侵入と脱出を繰り返す!
膣肉を抉り、肛門を貫き、糸つぼの中にある原液を掻き回す、人間では絶対不可能な動きが、あたしの体に暴力的な量の快感を叩き込んでくる!
「ひいゃっ!あふぅっ!うはぁっ!」
胸の方も意図的にタイミングをずらして、吸い上げ、揉み込んで、撫で上げて、胸に人間なら耐えきれない程の刺激を送り込んで来る!
さらに、全身に巻き付いた触手は、優しく締め付けるように動いて、分泌される粘液を体に染み渡らせていく……。
敏感になった体は、それらの快感を何十倍にも増幅して、体の中に伝えていく……!
あまりの衝撃に、瞳からは涙が溢れ、秘所からは愛液が大量に溢れ、口の端からは涎が垂れ落ちていた。
――でも……それでも……!?
「ひぃ……ぁふぇ……なん……れぇ……?」
あたしの体は、イク事が出来なかった。
「ひぃぐっ!あぅっ!ああっ!あぃ……ふぇ……!」
どれだけ両胸を強く揉まれても。肝心の乳首には触れられなくて。
「ひぎっ!あぐっ!……へぅ……!」
どれだけ子宮奥深くに触手が入っても、クリトリスには触れられないで。
「んはぁっ!はぎっ!いぁっ!……ひぁ……!」
どれだけ触手が体の中で動いても、重要な性感帯には全く触れる気配はなくて。
「……あひぃ……ひゅぅ……ふぁ……ぁふぅ……」
力を無くした脚を支えるように巻き付く触手が、時々びくん、びくんと震えている。それに合わせて、あたしの体も同じように跳ねたけど――それでもイケなかった。
イク波が来た瞬間に、触手達は動きを止めて、また動いては止めて……。
「あ……ひ……ぅ……」
(……………)
体は痙攣したようにビクビクと震え、瞳はもう白く染まって何も映さず、口はだらしなく開いたままで――。
どのくらい……時間が……たって……?
(………あは……あははぁ……)
じょ……お……さまぁ……。
もぅ……なにも……。
あははぁ……。
も……だめ……。
むにん
(……あぷ?)
ふぇ……あたしのかおに……なにか……やわらかいものが……。
とくん……とくん……とくん……
(……んく……んく……)
あ……じょおーさまの……みつぅ……。
あったかい……おいしい……。
『……ね……』
……ふぇ?
『……ごめんね……』
……じょお……さまぁ……?
『……辛かったでしょう?苦しかったでしょう?』
……ううん……じょおーさまぁ……。あたしこそ……ごめんなさい……。
『……ナナは良い子ね。母として、嬉しいわ……』
……いいこ?あたし……いいこ?
『ええ。良い子よ。ナナは良い子』
……じょおーさまぁ……ありがとう……。
『じゃあ、今――苦しいのを終わらせてあげるね』
その声が、あたしの耳に届いた、次の瞬間――
ずにゅりゅっ!
こりぃっ!
ぐにゅりゅうっ!
ぢゅうううううっ!
ずぼぉぁっ!
「――――――――――ッ!」
ひゅるびしゅるるるばっしゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ!
ずっと触れられずにいた性感帯を一気に触手で刺激された結果――体を走る快感に脳が耐えきれなくなって、一気に意識のヒューズを落としてしまった。
人間の可聴音域を遥かに越える高さで絶叫しながら、あたしは今だかつて無い絶頂に達してしまったのだ。
「……じょお……さまぁ……」
――女王様への忠誠と信愛を、無意識レベルで刻み込まれながら。
「………ん………」
気付いたとき、私の目に映る風景は大きく変わっていた。
お父さんも、お母さんも、美井もいない。ここにいるのは私一人だけだった。
テーブルも、椅子も、柱もない。そもそも……フローリングの床も、壁紙が張ってある壁すらも無かった。その代わりにあるのは、掘られた土が固められたようなもの。
電球の代わりに、頼り無さげなカンテラがこの洞窟の中を照らしていて――。
「………あ………」
よごれちゃう……。
よごれちゃうと、またお母さんが怒っちゃう。お父さんが怒っちゃう。払わなきゃ。
ぱんぱん、と服についた土を一通り払った後、辺りを見回してみると――。
ほわぁ………
……あれ?なにか甘い香りが……気のせい?
そういえば、心なしか目の前が霧に覆われてきた気がする……。
霧に覆われる前に早く移動しなくちゃ……。此処に居ても――
――女王様の場所には行けない。
「………?」
あれ?女王様って……だれだろう?どうして私はそんなことを考えたの?
……考えててもしょうがない。私が今しなきゃいけないことは、とにかくこの場所から動いて――
ほわぁ………
――女王様に会うこと。
「………」
そうだ。この穴、適当に掘られてはいなくて、ちゃんと計画的に、適当な強度になるように掘られてるんだ。そんな事……一人でやるには限界がある。でも集団で……しかも一人強力な統率者がいるとき……。
それがきっと……。
「女王様………」
ぽぅ……
「……?」
女王様と言った時、私の心の中に、ほんの少し明かりが点った……気がした。
「………女王様………」
目の前の霧は、私が歩く程に濃くなっていく。しかも仄かに桃色をしていて――甘い。
この香りを、私は記憶の奥底で知っていた。どうしてだろう……でもそれよりも今は……
ほわぁ……
――女王様が呼んでいる
「……女王……様ぁ……」
女王様が、私を呼んでいる………。
女王様が、私を待っている……。
行かなくちゃ……。
「……じょ……お……さまぁ……」
もう、私の周りは全て桃色の霧で覆われていて、息を吸う度に、私の体に甘い香りが染み渡っていく……。
ぽぅ……
………熱い。体が熱い。どれくらい歩いたのかは分からないけど、徐々に体が火照っていく……。
「はぁ……ぁぁ……ぁはぁ……」
あつい……脱ぎたい……でも脱いじゃダメ……だって……みられちゃう……あたしを……
ほわぁ……
「……あはぁ……ぅん……」
……みられたって……いいよね……。私を……だって……
――じょおーさまは……きっとうけいれてくれるから……
靴を脱ぐ。一緒に靴下を脱げば、地面に着くことはないから靴下も一緒に。
「んんっ……ひゃっ!ひゃ……ぅ?」
地面に足をつけて……土のほんのり湿った冷たさにちょっと驚いちゃったけど……すぐ暖かくなった。
そのまま……私は制服の前ボタンを一つ一つ摘まんで……外していった。
ぱちり……パチリ……ぱちんっ
「……あは♪」
少し涼しくなって嬉しくなった私は、そのまま制服を皺が付かないように畳んで……靴の上にちょこんと置いた。そうすれば、土がつかないから……。
「ん……」
あつい……ぬがなきゃ……。
私の手は自然にワイシャツにかかって、そのままボタンを外し始めていた。そして脱いだものを、同じように置く。
しゅるり、とネクタイをほどいて、畳んで、同じように。
「ん……あんっ……」
最後に、汗で濡れたシャツを、ゆっくりと脱ごうとするんだけど……濡れた部分が肌を舐めるように動くのがどうしても――
とくんっ!
――気持ち良かった
産毛を撫でられるようなぞわぞわした感覚と、泥パックを塗るときのどこかぬらぬらした感覚が、今はたまらなく気持ち良い――。
心臓が、喜びの声をあげている。私に、ありがとうって叫んでる――。
「……あはぁ……」
脱ぎ終わったとき、私は肌で感じる新鮮な空気を全身で存分に味わった。そう言えば……家でも、外でも……服を脱ぐことはほとんど無かったっけ……
ほわぁ……
――あ……そうだ……
じょおーさまのまえでは、はだかにならなくちゃいけないんだよね……
「……あ……」
ベルトを外して、そのままパンツごと一気にズボンを下ろした。今は兎に角……裸になりたかった。
「……これでぇ……やっとぉ……」
じょおーさまのところに……。
とくんっ!とくんっ!
こころが……からだが……よろこんでる――!?
ぷしゃあっ!
「……あ……」
服を脱ぎ捨てて裸になった私の体は、喜びの声を上げるように愛液をお股から吐き出した。おしっことは違う、体が、さらに暖まる感じ……。
ほわぁ……
「……あはん♪」
あたまが……ふあふあ……。
よんでる……じょお……さまぁ……。
自分の腕すら見えないほどに濃い霧の中、私は頭に響く声に導かれるままに、ふらりふらりと歩いていって……。
ぽわぁ………
「あ………」
桃色の霧が突然晴れて……私の目の前に現れたセカイは――。
「……――ッ!」
眩しい光が目を焼きそうになって、思わず目を瞑ってしまう。瞳が光に慣れるまでそうして、恐る恐る開いてみると――!
『ようこそ。よく来てくれたわね。嬉しいわ』
「じょ……お……さまぁ……」
私は今、夢を見ているの?
ううん、例え夢でもいい。
目の前に優雅に立つ女性――女王様。その美しさは、神話の中に出てくる美の女神全員が嫉妬するんじゃないかと思うくらい綺麗で――。
ほわぁ……
体に纏った香りは、私の体に染み込んで、凍えることがないように暖めてくれる――。
どくんっ!どくんっ!
「……あはぁ……」
もう――体も、心も、私という存在が喜んでる。
ぷしゅっ!
「あ――」
突然、お股から愛液を漏らしちゃって、私は赤面した。恥ずかしい……女王様の前で……?
ばふっ
「!!!!ふむっ!」
いつの間にか女王様は私に近付いてきていて、そのたわわに実った胸元に私の頭を寄せて、抱き抱えてきた!
一瞬息が詰まった私は、空気を取り入れようと女王様の体を――
ほわぁ……
――抱き締めた。そのまま、胸に私の顔を埋めて、女王様の香りを全身に染み渡らせた。
むにむに、うにうにと私を匿うように抱き留める両胸が、私に囁きかけてくる。
『貴女の思うままに、私に甘えていいのよ。貴女は私の娘なんだから。さぁ、おいで……私の中に』
「んむぅぅ……」
胸の谷間に顔を押し付けるように、私は女王様をさらに強く抱き締めた。ふわぁ……、と女王様の甘い香りが立ち込めてくる。
「ふむゅぅ……」
たちまちのうちに私の視界が桃色に覆われていく。高鳴っていた心臓が、心地よく感じ始めている。まるで、女王様に聞いて欲しくてとくん、とくんって奏でているみたいだから……。
『ふふっ♪』
女王様は、そんな私の様子を見て微笑むと――!?
「――んむんっ!」
わ、私のお股を女王様の柔らかな、すべすべとした手が、軽く爪を立てて私の太股から股間にかけてを、ゆっくりなぞっていく……!
女王様の手が動く度、私の体にピリピリとした刺激が走っていく。それが――
――きもちいい……
「んむぅぅ……ッ」
体を痙攣したようにビクビクとさせながら、私はゆっくりと息を吐いた。胸に当たって跳ね返った息は、女王様と同じ香りを纏って、私の中にさらに染み渡って――!
「んむんんっ!」
太股をなぞっていた筈の女王様の手が、いきなり私のお〇〇こに入ってきた!愛液でびしょびしょに濡れた私の門は、女王様の細い手を難なく受け入れて――!?
びくびくびくんっ!
「んむんんぉんんんんっ!」
女王様の手が、指が、私の中で動いている!膣肉を触り、襞の一つ一つを優しく撫でて――さらに奥に進んでいく――!
「んむんっ!んむんっ!んむむぅ〜っ!」
その一つ一つの動作が、私の中に雷でも落とされたかのような衝撃をもたらしていく!目の前では白い光がちらちらと走って、がくがく揺れる頭が女王様にフェロモンを放出させ、上がった心拍数に合わせるように激しくなった呼吸は、それを体内に取り込んでいく――!
『ふふふ……貴女の中、あったかいね……』
「ふむぅぅぅっ!んむっ!」
女王様が何か言った声すら理解できないほどに、私は快楽の渦に喘いでいた。女王様の胸の中で、脳味噌すら焼き切れそうな刺激を感じながら――!
くにゅ
「――?」
何だろう?何か大切な部分に触られたような――!?
「――!?」
な、何だろう……体が震えてくる……触れられた場所から……お腹を通って……胸がドキドキしてきて――!?
「……んんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!」
まるで両耳のすぐ側で銅鑼を鳴らされたような衝撃が、私に走った!登り坂をずっと上がっていたのが今までだとすると、今からは――フリーフォールの急速落下。
「んむっ!んむんん――ッ!」
瞳に火花が飛び散ったのと同時に、私は頂上に達して――。
ぷしゃあああぁぁぁぁ……
『――あらぁ♪』
女王様の手に盛大に愛液を吹き付けながら、私の脳内ブレーカーはオーバーヒートしてしまった。
私の支配を離れた体は、そのまま女王様に凭れるように倒れていった………。
『ふふふ……』
なずなが、意識を消したのを脳波で感じると、女王はなずなの秘所から手をゆっくりと抜いていった。刺激に反応してぴくん、ぴくんと反応する彼女を、その柔肌でしっかりと抱き止めながら、愛液にまみれたその指を口に含んだ。
つ……と、唇と指の間に橋がかかる。それは放物線のグラフを描きながら、なずなの傷だらけの体に、ゆっくりと舞い降りていく――。
『――ふふっ♪』
女王は、少し下腹部に力を入れた。にちゃぬちゃあ……と、音を立てながら、秘部が大きく裂け、粘液と肉襞、媚香に満ちた淫らな世界を顕現させる。
『あなたがどんな姿をしていたって……私は受け入れるわ。だから……怯えなくていいのよ』
なずなの深層心理に語りかけるかのように彼女の耳元で呟くと、女王は――
シュルルルッ!
『あはぁぁんっ♪』
体内から触手を伸ばして、なずなの体に巻き付けていった。触手が肌の上を走る度、彼女は熱の篭った声をあげる。
「……んぉん……んむんん……」
やがて、触手だけで彼女の全体重を支えられるようになったところで……
しゅるるるる……
『さぁ……貴女は何を望むのかしら?愛しい私の『アリス』……♪』
女王は、なずなを自らの体内に招き入れていった……。
……じょお……さまぁ……
……じょ……お……さま……ぁ……
……わた……し……ぃ……
……この……まま……
……とけ……ちゃ……い……そ……う……で……
なずなの体は、沢山の肉襞の愛撫を受けながら、白い楕円形の物体が置かれる一室まで運ばれていく。女王の卵巣だ。
すでに数々の愛撫を受けた彼女の体は、粘液に濡れていないところを探す方が難しいくらいに液にまみれ、微かな光に照らされて艶かしく光っていた。
「……あはぁ……♪」
意識を失っていても、気持ちいいと言う感覚はあるのだろう。暖かな、粘液と触手が織り成す布にくるまったなずなの表情は、喫茶店のそれ以上に緩んでいた。
ぽゆん
そんな彼女を、触手は卵の一つに乗せて、寝かした。重さを感じた卵は、彼女が乗っている部分をベコリと凹ますと、ズブズブと自身の中に彼女を沈ませ始めた。
「……あはぁ……♪」
背中から、脚、腕、皮膚に至るまでぴっちりと吸い付くように包み込んでいく卵の感触に、なずなはじんわりとした快感を感じて――。
とぷん
――やがて彼女の全身は、卵の中に沈んでいった。
……あぁ……
……ずぶずぶと……わたしが……しずんでいく……
……とくん、とくんって……おと……
……あぁ……じょ……お……さまぁ……
……あたたかぁい……
……あまぁい……
……きもちいい……
……あはぁ……♪……
卵の中は、人肌より若干暖かい羊水で満たされて、その中をなずなはくるくるとゆっくり回転していた。なずなは自然と、膝と肘を曲げ、まるで赤子のような体勢になっていった。
少しずつ、少しずつ回転が緩くなるにつれて、彼女の体を包む卵の殻と同成分を持つ膜は、羊水を取り込んで膨張していった。
やがて完全に膨張しきった膜は、彼女の体の中に管を伸ばし始めた。
「……んんん……」
口から、肛門から、秘部から、そして――臍から。伸ばした管はなずなの皮膚に当たると同化して、そのまま体内に向けて伸ばし続けた。
やがて体内も体外も全て膜に覆われたとき、膜は自身が吸い込んだ羊水を、なずなの中に染み込ませ始めた。
ゆっくりと……女王の鼓動に合わせるように……。
私が目を開くと……そこに見えたのは三つの水晶玉だった。それぞれが、「私を見て!」と叫んでいるかのように、キラキラと私を魅惑している。
その内の一つを、私は覗き込んでみると――。
(……おかあさん……)
――今となっては昔でしかない、あの時。
お母さんは、お父さんは、まだ笑顔を見せていた。いつもじゃない。時々でしかない。でも……ちゃんと笑っていた。
(……おとうさん……おかあさん……)
いつからだろう。二人とも笑わなくなって、叫ぶようになって、私に暴力を振るうようになったのは。きっかけは何だったんだろう。今は思い出せない。
でも……私に暴力を振るうお母さんも、お父さんも、みんな悲しそうな目をしてた……。
私が一度他の場所に連れていかれた時、家に帰されて……ボロボロの美井を見たとき……。
(美井……)
私は、決めたんだ。
私が壊れてもいい。でも、みんなを壊しちゃいけないんだ、って……。
……ちょっと悲しくなって、次の水晶に目を移す。
(……じょ……お……さま……)
次の水晶に映っていたのは、私達の母である女王様が、笑顔でいる姿だった。
私の――ううん、人間として表現しうる美を詰め込んでもなお、その域には届かないほどの美しさを誇る女王様……。さらさらの髪、きめ細やかな肌、ほっそりとした腕、すらりとした脚、そして全てを優しく包み込む巨乳……。
髪の間から突き出るように、にょきっと生えた触覚、虹色に光りながら背中から真っ直ぐに伸びた三対の羽根、尾てい骨から生えている生命を産み出し匿う巨大な昆虫の腹部、全てが私にとっての理想で――。
(ああ……)
いいなぁ……
わたしも……
あんな……ふうに……なれたら……
憧れの気持ちで満たされながら、次の水晶を覗き込んだとき――。
私は、自分が何を望んでいるか、知ることになった。
『これらは全て、貴女の願いの大元。私は、その願いを叶える体を、貴女にあげる』
女王様の言葉が、頭を巡る。
ぼんやりと耳にする私の目の前で、今眺めた三つの水晶が、音を立ててふわりと浮かび上がり、互いに少しずつ混ざり始めた。
混ざり合い、溶け合った水晶は――まるで海のように深い青色の水晶になって、とくん、とくんと心臓のように音を立てた。
(……あ……)
私の心臓も……それに合わせるようにとくん、とくんと音を立てる。それだけで、私の中に柔らかくて暖かい気持ちが生まれてくる。目の前の水晶が、自分の体のように大切なものに思えてくる。
(……あは……♪)
私は何かに憑かれたように、青色の水晶を手に取って――眺めていた。
『さぁ……《迷える子供(アリス)に道標を授けん》』
女王様の声に応えるように、目の前の水晶はぱぁっ、と眩しいくらいの光を放って――。
(……あ――)
つつみこまれていく……
ひかりのなかに……
ひかりのりぼんが……わたしをとりかこんで……やわらかくまきついていく……
(……あ――)
すいしょうが……ずぶずぶとわたしのむねにしずみこんでいく――。
あ……はいっちゃった……。
とくぅん……
(……あ――♪)
なんだろ……からだが……あったかい……ふわふわ……
……あおいひかり……むねから……からだに……だんだん……
あは……からだが……きもちい……とけちゃいそう……
とくぅん……とくぅん……
(……あはぁ……ん……)
あったかい……
きもち……い
……とけちゃい……そ……
とろとろにとけて……
ひとつになって……
……まるであかちゃんのまえみたい……
(……じょ……お……さまぁ……)
……わたし……
じょおーさまの……あかちゃんなんだぁ……
……あはぁ……
……とろとろぉ……
『んんっ……ふぅぅっ……んはぁっ!』
ぽこんっ!
なずなを体に招いて数時間後、女王は自らの巣に卵を一つ産み落とした。産み落とされた卵は、床に落ちると直ぐにその場所に張り付く。
『ふふふ……』
女王は卵を愛しげに撫でると、そのまま人間に擬態していく……。何せ、これから店に行かなければいけないのだ。本来の姿だと店に体が収まらない上に、出会う人物に恐怖を植え付けてしまう。
恐怖。
それは生物としては仕方の無いことなのかもしれない。けれど、出来るのなら――過剰なそれは、無い方がいい。
『ふふ……さぁ、姿を見せてちょうだい?私の子供(アリス)………』
女王の声に反応するように、卵に皹が入り始め――。
私はアリス。
女王様の子供。
絹幸なずな、というのが人間でいるときの名前だけど、女王様は気に入ってくれているみたいだし、私もこの名前は好きだ。
だから――この名前に合うような体をくれた女王様を……心の底から愛してる。愛っていう単語が薄っぺらなのは分かってるけど、それでもこの言葉しか、今の気持ちを表す言葉を知らないから……。
だからこそ……女王様から頂いたこの体で――。
絹幸家の両親は、今だ眠りに着いたままだった。彼らが目を醒ましたのは、この家族の一員が声をかけた時――なずなの帰宅である。
親達はいつ寝てしまったんだろう、と思いながらも、その原因について思い当たることはなかった。その間の時間の記憶が、完全に抜け落ちてしまっているかのように。
「……ただいま……」
いつものように、ぼそぼそとした声で家に入るなずな。声が大きい、それだけで親達は苛々してしまうから。
特に返事もしない親達、という日常を追体験しながら、なずなは部屋に鞄を置くとそのまま――。
がばっ
「!!!!!!!!ッ!!」
抱きつこうとしたなずなを、驚きと嫌悪に引き攣った表情を浮かべて母親は押し除けた。そのまま言っている本人が意味が判らなくなっているような罵詈雑言を叫びながら殴り付ける。ひたすらに殴り付ける。なずなの顔にも体にも、忽ちのうちに痣が現れてくる。
だが――
「……大丈夫だよ……お母さん……お父さん」
彼女はそれでも笑い――親達は困惑した。
どうして笑っていられるのだろう。気が触れたんじゃないのか?今までは無気力に項垂れていただけだったのに――!?
理解でき無いところから来た困惑は、次の瞬間――完全に恐怖にとって代わっていた。
なずなの傷が、見る見るうちに治っていったのだ!痣だらけだった筈の皮膚が、徐々に元の色を取り戻していく……。
彼女は、両親が怖がっている理由を完全に理解していた。それでも彼女は、両親に対して笑顔で――
「大丈夫だよ……どんなことをしてもいいの……受けとめてあげられるから……」
これが、私の本心。
お母さんの心が、それで壊れないのなら、
お父さんの心が、それで保っていられるなら、
私は――いくらでも受け止めてあげられるから――。
それは見る人が見れば、聖女の降臨かと思われた風景だっただろう。なずなの表情は、全てを許容する笑みを浮かべ、体から発される気配は、無音の空間ですら祈りと懺悔の場に変えてしまいそうなものであった。
だが――それでも――
「ばっ……化け物ぉっ!」
お母さんもお父さんも、怯えたような目で私を眺めていた。その手にはナイフ。
「………」
分かっていた。普通の人間は、そこまで急に回復しない事くらいは。人間は違うことを恐れる生き物だって事も。それが娘とか、自分の身近にある人だったとしても――。
「………」
私は目を瞑って、そのまま足を前に一歩踏み出した。
「ち、近寄らないでっ!」
お母さんはナイフを私の目に翳しているみたい。でも、私の目には映る筈もない。瞼は閉じているから。
「い……嫌ァァァァァァァァっ!」
お母さんは、止まらない私の姿を見て――!
ドスッ
「……っぁっ……っぁっ……」
私の胸に、ナイフを突き立てた。
「……ぁ……」
刺さった。
ナイフが。
人間だったら、死んでるだろう。
そんなに、怖かったんだ……。
そんなに、怖がらせていたんだ……。
私が……。
「ごめんね……」
けどね……大丈夫だよ。
怖がらなくたっていいよ。
私はなにもしないから……。
でも、これだけは許して……。
ナイフごとお母さんの手を埋め込むように、私は体をお母さんの方に進ませる。
「ひ、ひぃぃっ!」
お母さんの顔が、恐怖に歪む。
「この化け物っ!律子に何しやがるっ!」
お父さんが、服を掴んで私からお母さんを引き剥がそうとする。けど――。
ずぼぉっ!
「――なぁっ!?」
お父さんの手は、服に沈み込むように私の体に入っていった。
「あ……」
そのいきなりの衝撃に、私は甘い声をあげちゃった。それがさらに両親を恐怖させてしまう。
「嫌ァァァァァァァァァッ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
じたばたともがいて、何とか私から抜け出ようとするんだけど、それが逆に私の中に入ってきてしまう元凶となって、体を動けなくさせてしまう。
二人とも、私を怖がっている。仕方ないよね。こんな体なんだし。
でも――
「……受け入れるよ。二人の恐怖も、憎しみも、全部――」
私は、女王様に頂いた力を、発動させた。
「おねえちゃんが、おとうさんやおかあさんにぶたれたのは、ハートの首かざりをした黒い服のおじさんたちが来てからなの」
(……成る程、かしらね……)
自身の仄暗い巣の中で、女王は先程店で話した少女――美井の発言を思い返していた。
ハート、トランプでそれは聖杯を意味する。黒い服は闇の象徴。彼らは俗世を闇とし、闇を照らす光として聖杯を掲げる集団。
(『聖杯教団』が関わっていた、とはね……)
恐らく何らかの暗示をかけたのだろう。娘を愛せなくなるような暗示を。
或いは実際に、信仰者を使って裏工作でもしたのかもしれない。友人、上司、隣人、支配者階級……方法と入り込む先はいくらでもある。
ただ、いずれにしても、なずなは親に虐待を受けていたし、美井に至っては本人は望まずも加害もしたし被害も受けている。
(ボロボロだったのよね……)
美井の表情を思い返しながら、女王は閉じかけた女陰に、優しく手を這わしていた。
美井は女王との会話の後、女王の体内に招かれ、今は卵にくるまれている。肉と愛蜜と媚香に満ちた空間で、甘い蜜を心と体に染み渡らせている。
トクン
『あ……』
卵が、体の中で幽かに脈打った。巨大な楕円形のそれは、脈動を感じた無数の襞によって『出口』へと運ばれていき――!
『あんっ……いふっ……ふぁぁぁぁぁんっ!』
こぽ……ん
愛蜜にくるまれながら、庇護者である女王の巣の中に産み落とされた。
『ふふふ……』
女王は愛しそうに卵を眺めると、表面に軽く口づけをして、孵化するまでの間、自身も眠りにつくことにした……。
私の願い、それは、どんな行為でも受けいれられる体と、女王さまのように全てを包むことが出来る優しさ。
そして……誰も傷つけないでいられる強さ。
私の体は、ぷるぷるとした粘体によって構成されている、いわゆる『スライム』と言われる類いの物体だ。
この体では、相手を殴っても大して衝撃はないし、爪も無いから傷をつけることもできない。
でも、それで良いんだ。
最後の水晶の中に映った風景、それはハートの首飾りをした黒服の男達の姿だった。彼らが去った後、私は家族を失いかけたんだ。
忘れていた、忘れてしまいたかった記憶。
あの時経験した、一種の崩壊。それが私の願いを作り上げたんだ。
もう二度と、失いかけたくないから。
もう二度と、目の前で壊れていくものを見たくないから。
それが独善に過ぎないことも知っている。
でも――。
「……それでも私は、相手の苦しみを、悲しみを、自分が引き受けてあげたい。そして、その悲しみに耐えられるだけ――」
――強く、なりたい。
fin.
authorial site : Makinaway
「そ〜いえばさ〜」
「ん?」
「『アイリスアリス』のメニュー、何か増えてない?」
「?」
「ほら……『カヌレ』『ヨーグルト』『ポタージュ』『ホットミルク』……以前は無かったと思うよ」
「まぁ……週三のペースであれだけ搾ってれば、店でも使える量は集まるよな……」
「……ゑ?それって――」
「――それよりも」
「ん?(誤魔化された!)」
「何だろう……この喫茶、いつ模様替えしたんだ?」
「へ?どういうところが変わってた?」
「カーテンとか、テーブルクロスとか……あとは壁にかかっているクロスステッチとか」
「//////」
「待て何故そこで顔を赤らめる」
fin(笑)