普通の人間となって数ヶ月、私達姉妹もずいぶんと落ちついてきた。未来の世界でもブラックムーンと地球は和解を果たしたと聞いた。

そんなまったりとしたある日。ペッツがこう切りだした。

「そういえば子供のころ、ずいぶんといじめてしまって悪かったわね。ごめんなさい。」

突然の謝罪に戸惑いを感じたが、私は笑顔で返答した。

「ああ、そうね、酷い目に合わされたわ。でも鞭を使えるようになってずいぶん仕返しをさせていただいたし、お互い様よ。」

「ああ、そうだったわね…。突然鞭を使いはじめてびっくりしたわよ。」

ここでペッツはふと気がついたような顔をすると、疑問を口にした。

「そういえば、鞭を使うきっかけはなんだったの?」

「ああ、あれは…ジャーマネンのおかげ」

…そう、私がまだ子供だった頃の話だ。


ブラックムーンでは子供が産まれるとすぐに邪黒水晶のピアスが付けられる。こうすることで産まれたばかりの子供は邪黒水晶の力の影響をもろに受け、異能力を覚醒させる。

そしてピアスを作成した邪黒水晶の残った部分でドロイドを錬成する。このドロイドは子供に覚醒する能力と非常に近い性質を持ったものになり、邪黒水晶の繋がりから血を分けた姉妹とも見なされるため逆らうこともない。そのため乳母として、成長したあともパートナーとして一生を共に過ごすことになる。

ペッツ姉さんには雷の力、パートナーは雷を操る風雷鬼。ベルチェには氷の力と氷を操るニパス。コーアンには炎の力と炎のようなパワーをもつダンブル。

しかし私には異能力が開花しなかった。パートナーのジャーマネンもドロドロでネバネバの出来そこないのようなドロイドだった。出来そこない、出来そこないと仲間からも姉妹からもいじめられた。 手を足をロープでぐるぐるに縛られ「悔しかったらドロドロに身体を溶かして逃げてみろ」なんて、よく言われたものだった。もちろんそんなことは出来なかった。

そしてその場で動けず泣いているとジャーマネンがやってきてロープを切ってくれた。だが私は感謝するどころか「貴方が出来そこないだから私までいじめられるじゃない」と叫んだ。すると彼女はなにも言い訳せず、ただ「申し訳ありません」とだけ、謝った。


ある時、いつも同じようにただただロボットのように謝る彼女についに感情が爆発した。

「こんなドロイド壊れてしまえばいい」

そう叫び、自分を拘束していたロープの端をもって鞭のように振りつけた。ばちんと大きな音が辺りに響いた。しかしジャーマネンは表情ひとつ変えずにまた「申し訳ありません」とだけ言った。

こんな子供のやることなんて平気だ、私は。そうジャーマネンは言っているように聞こえた。また私の感情は沸騰する。

「こんなドロイド壊れてしまえばいい」叫びながら、ロープを鞭のように何度も何度も彼女に振りつけた。そのたびにばちんと大きな音が響いた。

私が泣き叫び疲れて眠ってしまうまで、それは続いた。


目を醒すと、そこにはいつものようにジャーマネンが居た。そして私に二本の鞭を差出し、こう言った。

「カラベラス様のおっしゃる通り、私は出来そこないです。こんな短かいロープではなく、これで思うだけ叩いて私を壊してください。」

聞くが早いか私は彼女から鞭を奪い取り、振りつけようとした。が、その鞭は子供にはあり余る長さだったので彼女に革の部分が触れることも、先端が地面から浮かぶことすらなかった。

私はやけになって何度も、何度も振りつけてみた。しかし結果は同じだった。いい加減私は叫んだ。

「鞭も満足に選べない出来そこないめ!!」

だがジャーマネンはゆっくり、冷静に、しかし確かに反論をした。

「いいえ、貴方に合わせた鞭です」

私は驚き惑う。彼女が反論を、自分の意見を述べることすら初めてだったのだ。

「もっと落ちついて、鞭に神経を回してください」

言われるまま鞭に意識を落としてゆく。すると不思議な感覚が私を襲った。鞭の柄から先端まで、私の一部かのように感じ取れるのだ。鞭を握った手の平から神経が伸びてゆき、鞭の先端まで通ったようだった。人差し指を動かすように鞭の先を動かせる気までした。

「そう、そのまま、私に向かって…」

言われるままにジャーマネンへと振りつける。鞭は私のイメージ通りに動き、まるで意思を持つかのように彼女の身体をぐるぐる巻きにし、拘束した。そして私は驚きのあまりそのまま硬直してしまった。

鞭を自在に操る力。これが私の能力だったのだ。

「おめでとうございます」

「ありがとう」

ジャーマネンの祝いの言葉に、産まれて初めて使うのに、いつも使ってるかのように自然に出た感謝の言葉。私の能力、私の価値を見出してくれた事への敬意と感謝。全てが籠っている言葉。

だが彼女はいつもの無表情な顔で、平坦な声で「はい。私も嬉しく思います。」 とだけ返事をした。

私の中で沸騰していたものが一気に冷めた。結局ドロイドはプログラムで、私が彼女に近い邪黒水晶のピアスをしているから従ってくれているのだと。


「…ということがあったのよ」

私の話を聞き終わったペッツは、しかし釈然としない表情だった。

「でもその話、おかしいわ」

そして具体的に疑問を口にする。

「ドロイドが自発的に動くだなんて。」

ペッツ姉さんはサフィールと一緒にいる口実としてドロイドの勉強も必死でやっていた。その彼女が、ドロイドはプログラムの通りに動いているだけなので自発的に動くわけがないと言う。

例え私がロープで縛られ動けなくなったとしても「助けて」と言わなければ来ないはずだと。鞭の件もで、鞭で打たれた時に才能に気が付くだとか、鞭を私に勧めるだとか、プログラムではありえないそうだ。

…しかし彼女は呼ばなくてもごく自然に縄を切りに来てくれたし、今迄の話に嘘はひとつもない。

「そしてこれが一番変なの…。ドロイドは『嬉しい』なんて感情を持っていないの。そして主人に対して絶対に嘘を言わないはずよ。」

しかし、彼女ははっきりと「嬉しい」と言ったのだ。

私の表情から言いたいことを察っしたのか、ペッツは長い間を開けてから…口を開いた。

「ならこう考えるしかないわ…彼女には意思と、感情があったのだと。」

それを聞いたとき、感情がどっと湧きだし、涙が洪水のように溢れてきた。彼女はロボットじゃなかったのだ。そして決っして表に出さなかったが彼女には感情すらあったのだ。人間…だったのだ。そして私は…愛情を持って育てられたのだ。

なのに私はジャーマネンが死んだときも「便利に使えるドロイドがひとり居なくなった」程度にしか思わなかったのだ。「ありがとう」と言ったのもあの時が最初で…最後だった。

「ありがとう、ジャーマネン」

私は今、何度も何度も叫んだ。でも、その言葉は決っして届かないことも同時に思い知らされて、また涙が溢れた。