「うさぎとネク」の版間の差分
編集の要約なし |
編集の要約なし |
||
7行目: | 7行目: | ||
まずは彼女と出会う前から書こうと思う。 | まずは彼女と出会う前から書こうと思う。 | ||
それは仲間たちと引き換えに自分の身をデマンドに差し出して、まだ日の浅いときだった。その頃の私は、ただ自分の境遇に押しつぶされて、ひとり、冷たい部屋で涙を流しているのが常だった。この星で私に近づくのはデマンドただ一人。しかしその彼はといえば、私の内に残っていた温もりまでも冷たく上書きし、全てを奪おうと必死だった。 | |||
その彼の行為の中でも一番恐しかったものは、今でもよく覚えている。 | |||
冷たい空気とダークパワーは私から力を奪い、孤独と恐怖は私の心を病ませていった。 | |||
そんな日に、ふと、私の脳裏に浮かんだのだ。このまま消えてしまうのだろうか、と。闇に飲まれてしまうのだろうかと。……それは、嫌だった。私はふつうの中2の女の子だ。こんなところで、セレニティなどと呼ばれ、デマンドの手の内で消えてしまいたくはない! 私は、ここから逃げ出すことを決意し、初めて部屋の外へと歩き出した。 | そんな日に、ふと、私の脳裏に浮かんだのだ。このまま消えてしまうのだろうか、と。闇に飲まれてしまうのだろうかと。……それは、嫌だった。私はふつうの中2の女の子だ。こんなところで、セレニティなどと呼ばれ、デマンドの手の内で消えてしまいたくはない! 私は、ここから逃げ出すことを決意し、初めて部屋の外へと歩き出した。 |
2011年10月4日 (火) 23:05時点における版
まだその思い出が鮮明なうちに、書き記しておこう。
この暗く冷たい星で、初めて出会った友人のことを。
まずは彼女と出会う前から書こうと思う。
それは仲間たちと引き換えに自分の身をデマンドに差し出して、まだ日の浅いときだった。その頃の私は、ただ自分の境遇に押しつぶされて、ひとり、冷たい部屋で涙を流しているのが常だった。この星で私に近づくのはデマンドただ一人。しかしその彼はといえば、私の内に残っていた温もりまでも冷たく上書きし、全てを奪おうと必死だった。
その彼の行為の中でも一番恐しかったものは、今でもよく覚えている。
冷たい空気とダークパワーは私から力を奪い、孤独と恐怖は私の心を病ませていった。
そんな日に、ふと、私の脳裏に浮かんだのだ。このまま消えてしまうのだろうか、と。闇に飲まれてしまうのだろうかと。……それは、嫌だった。私はふつうの中2の女の子だ。こんなところで、セレニティなどと呼ばれ、デマンドの手の内で消えてしまいたくはない! 私は、ここから逃げ出すことを決意し、初めて部屋の外へと歩き出した。
しかしその決意すら、あっさりと闇は飲みこんでしまった。歩けど歩けど同じ回廊が続き、なおかつネメシスは私の力を容赦なく奪っていった。結局、私はそこで意識を失ってしまったのだ。
その眠りの中、私は夢を見た。20世紀の十番街。5人で買い物して、喫茶店でお茶を飲んで、そして帰り道に偶然まもちゃんに会って……楽しい夢だと思ったことを覚えている。
それから目が覚めると、私はやはりネメシスにいた。自室のベッドに横にされ、その私に声をかけたのは、デマンドだった。
「ここから逃げようなどとしたのか。無駄なことを。おまえは最早私のものなのだ。逃げることなど出来はしない。いい加減、それを認めたらどうだ」
確か、そういった言葉を投げかけられ、私は言葉を出す力もなかったから、かろうじて目で反論した。涙が溢れてきていたが、泣くものかと食いしばった。
今考えても、最低のセリフだ。とにかく自分の都合だけの。でもそれが、その頃の彼のいつもの言葉だった。でもだからこそ、彼が部屋を出ていく際の言葉はよく覚えているのだ。
「とにかく、無理をするな。お前だけの体ではないのだから」
そんな言葉は初めてだった。
その少し後のことだ、彼、サフィールが私の部屋を訪れたのは。とはいえ、私が彼の名前を知るのは、もっと先のことなのだが。
そのとき、私は闇の回廊に吸い取られた体力を少しでも回復させようと、横になっていた。が、そこへ唐突に見知らぬ男が現れる。彼は入り口で「入るぞ」と吐き捨てるように言ったかと思うと、つかつかと私のベッドの横へ立ち、どこからともなく取り出した赤いワインの入ったグラスを、黒い水晶でできたテーブルの上に置いた。
「これから君の世話をするドロイドだ」
彼は私の目を見なかった。返事も反応すら確認せず、そのまま一方的に言葉を続ける。
「ジャーマネ、セレニティに挨拶を」
『ジャーマネ』。そのキーワードを唱えた途端、かたかたとワイングラスが震え始める。同時に中のワインがひとりでに波立ったかと思うと、竜巻のように上へ立ち昇り、人の背丈ほどの大きさに伸びたところでざばんと風が散ると、そこには女性が立っていた。緑の目と、黄色い蝶ネクタイ以外は、頭から伸びる羽や髪に至るまで全身が赤いワインで出来ているようだった。さらに恥ずかしいことに黄色い蝶ネクタイ以外には服を着ていない、全裸の女性体だった。
「おじゃまいたします」
そのドロイドは私に向かい、深く敬礼をしながら言った。
「Jelly like Maid type Next generation Droid 通称ジャーマネです。よろしくお願いいたします」
私は、ただポカンとその様を眺めていた。