「ふう……」
「彼」の記憶を最後まで読み取った私の口から、思わず、溜息が出てしまう。
黒く濁り腐敗した記憶の数々、特に麻酔なしがデフォルトな手術の数々を見せられれば、いくら私でも溜息が出てしまう。
知らぬ間に改造される恐怖と、身を焼かれる苦痛を与えたつもりだったが、それですら不足だったかもしれない。
すぐさま胃を蠕動させ、私の中にある脳をすり潰した。
これで「彼」はこの世から完全に消えたことになる。
技術だけを、私に残して。
だがこの技術もなかなかの曲者だった。
麻酔、輸血なし。というより施術中に死ぬことを前提としていた。
脳死に至り、改造で体のみをまた動くように復活させる。
魂が消えてまっさらの脳に、単純な命令だけを書きこみ、兵隊とする。
その結果があの怪人たちというわけだ。
生気が感じられない目で、ロボットのような動きしかせず、簡単に倒すことが出来たのはそういう理由だった。
人としての力を奪って改造したところで、強くなるはずもないでしょうに。
ただ私なら、この技術を使いこなせる。
麻酔も輸血も必要ない環境……つまり、私の体内で施術をすればいいのだ。
溶かすような快楽があれば、麻酔の必要はない。私の体で止血をすれば、輸血も必要ない。
これまで私には他者をスライム化させることしか出来なかったが、これで望む姿に変えることが出来る。
淫魔因子を持つ人間をスムーズに独り立ちさせるには、意外に使える技術だった。
そして、早速その技術を使わねばならないようだった。
今、手術台で横になっている彼女に、どうやら淫魔化する因子があるようだった。
「彼」の最高傑作、かつ初の女性被験者として内部組織から選出された彼女。
「さらに組織に役立つようになれる」と、彼女自身も喜んでその身を捧げていた。
その彼女に淫魔の資質があるのは、ただの偶然。
彼にはそういった知識はなかったし、選出理由にもなかった。
ゆえに、このまま改造を行っていたならば……肉体的ショックから人としての死が引き起こされ、本能だけの低級な淫魔として覚醒し、目の前の「彼」を押し倒していたことだろう。
そうなる前に「彼」の知識を回収出来たのだから、今日の私は意外にツイてるのかもしれない。
「……ん、んん……」
彼女が目覚めようとしている。「彼」の記憶どおりの時間だ。
もし予定通りであれば、この時間は当然施術中であったはずだ。
しかし、「彼」はそういう男であった。
……いや最早「彼」についてどうこう考えるのはやめよう。
私が今、しなければならないこと。
まず、彼女に施術を行うことだ。
「彼」の計画であった蜂女などではなく、もっと淫靡で、淫魔らしい、それでいて彼女にあったもの。
この答え、恐らくは、彼女の深層心理を覗くのが良いのだろう。
そう決めた私は、早速彼女へと近付いていった。
横になっている彼女の両頬へと手を添え、撫でる。
彼女の暖かいそれは、適度な張りと弾力を備えていた。
そのまま、私は手を両耳へと伸ばしていく。
皮膚から少しだけ私の一部を分泌し、それを潤滑油にして耳朶を指先で舐め回す。
やわらかい耳朶は、流石に淫魔の因子を持つだけあって、それだけでほのかなかわいらしさを感じさせる。
そこへ私の赤い粘液を塗りつけ、汚してゆく。妙な背徳感。
このまま、全てを私で汚して……、と、込み上げてきた黒い欲望を、首を振ってあわてて抑えこむ。
いけないいけない、今やることは、この娘を綺麗にしながら、繋がることだ。
私は塗りつけた自分の体で、彼女の垢などを食べていく。もっと綺麗にしてあげたい。そう思考を切りかえる。
そう、垢だけでなく、もっと体の奥まで、綺麗に……
それと同時に、粘液でどろどろになった私の人差し指を、ゆっくりと彼女の耳穴へ入れていく。
もちろん耳垢も綺麗に取りさりながら、ぬるぬるの指先を、奥へ奥へと進めてゆく。
少し、彼女の息が荒くなってきた。まだ夢の中で、しかしこの快感は伝わっているのだろう。
私はそのまま指を溶かし、耳の奥から脳へと接続した。
音も映像も使わない、電気信号での直接のやりとり。
裸の彼女の心を隅々まで読みとってゆく。
彼女のいちばん好きなところ、いちばん感じるところ。
三つ編みを手へと変え、彼女が好きなところ、丸い二つの乳房へと伸ばす。
白い乳房に、赤くどろどろと溶けかかった手が乗せられる。
そのままきゅうっと搾るように揉み上げる。1回、2回、3回。
さらにやわらかな乳房へ、私自身を塗りつけるように撫で回す。
にちゃ、にちゅ、ぐちゅ。音を立てながら、白い乳房を赤く汚してゆく。
脳に接続してのやりとりは便利な面もあるが、実は不便なところもある。
相手の感覚や感情が自分自身のものと同じようにダイレクトに伝わってしまうということだ。
特にこういった快感についてはその傾向が強い。
つまり……目の前の乳房を汚すたび、私の胸もが熱くなってくるのだ。
もっと、もっと、熱くなりたくなるのだ。
「ということは、あなたも、熱く、きもちよくなりたいのよね…?」
私の、いや、彼女の欲望の赴くままに、私は刺激を増やしていく。
ぺろりと舌を出すと、そのままずるるっと伸ばし、彼女の唇を舐め回す。
ほんの少し開いた隙間に舌を押しこみ、彼女の口内を蹂躙する。
ああ、でもこの程度ではまったく足りない。
喉の奥へとさらに突っこみ、食道を、胃を、肺を舐め回す。
痛みなど、とうの昔にカットしてある。
彼女に伝わるのは、ぬるぬると肺の奥まで洗浄される快感と、そして今私が感じている征服感だけだ。
「くすくす、きもちいいでしょう? もっと、もっと綺麗にしてあげますからね……」
胸へと自身を塗りつけていた三つ編みを一旦、引く。
舌も、脳からも手を離し、そして「私」が望んでいるままのカタチを、三つ編みへと伝える。
三つ編みはそれに応え、むくり、むくりと大きく膨らみ、1mはあろうかという赤く巨大な”手”へと変わってゆく。
「ふふ、私が体の奥の奥、毛穴の奥、目の裏、爪の裏、血管の中、細胞のひとつひとつ、そしてもちろんその濡れている中まで、綺麗にして差しあげますわ。この、手で」
心と体が高なってゆく。
新たな”仲間”を歓迎するかのように、私の”中”までも暴れはじめた。メイド服の内側がぐにゅぐにゅと波を打ちはじめた。
ヒトにはありえない不可思議な波を服の内側に走らせながら、大きな手を広げ、笑みを浮べるメイド。
彼女にすれば恐怖を感ずる光景であったかもしれないが、私が与えた快楽の余韻からか、呆然としているだけだった。
その反応に私は満足した。
既にこの娘は私の虜。
これから私が行うことに純粋なフィードバックを返してくれることだろう。
そしてその快感はまた私に伝わり、そうして意識がとろけてひとつになっていくのだ。
大きな手は幾つもの粘液の橋を作りながら、彼女の上半身を掬い上げた。
たったのそれだけで、彼女はびくびくと体を震わせていた。
まあ、それはそうだろう。既に手には大量の舌が現われ、ぺろぺろと彼女を味わっているのだから。
「ほら、汗腺の奥まで舐められるきもちはどうですか? うふふ、貴方の奥の汚れも、溢れる汗も、とっても美味しいです」
そう、私は彼女をまず「綺麗」にするためにこうしている。
だから彼女にくっついている汚れは、ぜんぶ美味しい。
垢も、汗も、お腹の中にこびりついてるものも、肺の中のよごれも。
そしてなにより、思考のノイズも美味しい。苦痛や、不安や、悲しみも、ぜんぶ、ぜんぶ食べてゆく。
もっと楽しめるように。もっときもちよくなれるように。
そうして、純粋な彼女だけが残される。
「きもちいい?」
「……はい……」
わたしの問いに彼女は熱っぽく答えた。
「もっと、きもちよくなりたい?」
「……はい……でも」
「でも?」
「なにかが、足りない気がします……きもちいいけど、どこかにすきまがある……」
ノイズを食べたことで、彼女は心まで綺麗になっていた。
それは彼女の奥で眠っていた純真で、真っ直ぐで、嘘のないものが蘇る。
それは同時に淫魔としての彼女が目を覚ましていく。
そうだ。私は思い出した、目的を。
彼女を私に取りこむのではない。彼女を立派に淫魔とするのだ。
そのために入手した技術もあるではないか。
「私としたことが、あまりに美味しそうだからって……」
かりかりと、頭を掻いた。
「どんなすきまなの?」
「わからない。でも、埋めてほしい」
「わからないと埋められないわ。ちゃんと、イメージしてみて」
暫く沈黙が続く。
私はやさしく揉み拉きながら彼女の返事を待った。
「……よくわからない。でも、とりあえずやってみる」
とりあえず……。
その言葉に一抹の不安を抱きながら、私は彼女のイメージを読んでいく。
始めはもやもやと霧がかかった画像だったが、だんだんと形作られてゆく。
「…………」
作られていく、が。作られそうなのだ、が。
蛇のような形になってはまたもやになり、蜘蛛のような形になってはまたもやになり、ハーピーのような……
固まらない。ずいぶんと時間が経つがさっぱり固まらない。
「いっそのこと、スライムはどう? どんなカタチにもなれるけど?」
「……それも、すこしちがう……」
……どうしよう。
まさかの展開だった。
そんな私の「困った」という思考が、彼女にも伝わったのか。
彼女の考えが私に飛んでくる。
「ねぇ、せっかくだし、ゆっくり考えたいの……いい方法、ない?」
……しかた、ありませんね。
正直なところ、あまりここに長居していたくもない。
家ではご主人が待っているのだ。
私は自身の胸元の紐をほどき、ボタンを外してゆく。
その間も彼女を"手"で揉みしだき、硬さをほぐしてゆく。
そうしながら彼女を目の前まで引き寄せると、がばりと大きく私の胸元を開いて、服の中を見せた。
ぐちょぐちょで、ぬるぬるで、真っ赤な液体が波打つ私の"中"を。
「さ、今からここに入れてあげる……」
液体が渦巻きながら、ぐぱぁと、大きく円形の"口"を開く。
中には幾筋もの粘液の橋が掛り、幾重もの肉壁が揺れ動いている。
私は彼女の爪先から、その"中"へと滑り込ませた。
"中"は私の"手"の内とは違う。幾人もの自由意志が彼女を楽しませようと蠢いているのだ。
ある程度統制されていた今迄とは違い、肉のカオスの中に呑まれているのだ。
中へと沈みこむたび、びくびくと痙攣のように彼女が震える。
人間であれば耐えられない環境だ。それも当然だろう。
だが淫魔として覚醒しかけている彼女は違う。
痙攣だったのはほんのつかの間。
腰のあたりまで呑まれるころには、彼女の震えはとくん、とくんと、私の鼓動と一致していた。
ほら、もう慣れ、心地良く楽しみはじめてる……
そうして、彼女の肩が私の"中"に入り、首のあたりのところで私は呑みこむのを止めた。
私の胸元から、彼女の顔だけが出ている状態だ。
彼女は手足をばたばたと私の"中"を掻き回しながら、抗議の言葉を私に投げかける。
私はそれにこう答えた。
「気持ち良いことと一緒に、外も見ながらちゃんと考えなさい。あなたはどうするのかを」
彼女はしゅんと「はい」とだけ呟いた。
さあ、長くなりましたが家まで帰りましょう。
そしてまずはご主人に彼女を紹介しないと。
もちろん彼女は胸元に入れたまま。
というより、将来を決めるまで、ずっとこのままにするつもりですけどね。