カテゴリ:妄想

読むと死にます。

2011/02/22

ジャーマネンさんVSマーキュリー(1)

「……くっ」

 自宅である高級マンションの一室で、水野亜美は苦痛の声を上げた。手足を拘束し、全身に絡みつく赤い触手は、逃がれようと力を込めようが、まるで変わらずに彼女を縛りつけていた。

 目の前には、今日の昼間に倒したばかりのドロイド(確かジャーマネンと呼ばれていた)が立っている。赤い粘液で出来た体が特徴的なドロイドは、しかしなぜか、隙だらけの敵を前に止めを刺そうとはせず、ただじっと手の内の少女を緑の目で見つめるのみだった。いつ殺されてもおかしくない恐怖を抑えつけ、逃がれるための隙を探るべく亜美もまたドロイドから目を離さなかった。

 そうして、ジャーマネンの唯一の衣服である黄色い蝶ネクタイに嵌っている邪黒水晶が視線に入ったとき、彼女は違和感を覚えた。小さくなっている気がしたのだ。IQ300の頭脳から昼間のドロイドの姿を引き出すと、写真のような明確なイメージが脳裏に浮かぶ。そして邪黒水晶が以前の1/3ほどになっていることを確信する。

 さらに亜美の目は、ドロイドの邪黒水晶が今なお徐々に小さくなっていることも発見した。そう、ムーンの浄化を受け無事で済むはずがない。表情にはまったく出さないが、ドロイドは弱っているのだ。それこそ自身に止めを刺すことも出来ない、拘束するのが精一杯なほどに。

 邪黒水晶が小さくなるペースから見て、あと5,6時間もすれば目の前のドロイドはパワー切れで消滅するだろう。もしかしたらもっと早く拘束が緩むかもしれない。脱出さえ出来れば変身して自分でも止めを刺せるはずだ。ただそれまで、私は待てばいいのだ。

 亜美は安堵し、ここまでの経緯を思い起こす。そう、元はと言えばドロイドを倒したあとに残されていた赤い粘液を、研究サンプルとして回収し持ち帰っただけなのだ。家に帰って「ああ、こんな時間になってしまった」と呟いた瞬間にこれなのだ。その上ここでひたすら待ちつづけるだなんて、どれだけの時間が消費されるのだろう。この時間を勉強に使えれば、どれだけの参考書が読めただろう。

「ああ、やっぱり、ドイツに行ったほうが良かったのかな……」

 今、喉から手が出るほどにダークパワーが欲しいジャーマネンが、その黒い感情を見逃すはずはない。そもそもジャーマネンはサンプルとして確保されたあと、亜美からたびたび発生していた黒い感情を元に復活できたのだ。しかしそれ以上の力は溜まらないまま、亜美が自宅へ戻ってしまった。ダークパワーの元となる感情が無ければ、あと数時間で消滅してしまう。だが自宅でそのような感情が発生するとはとうてい思えない。

 ゆえに亜美を拘束したのだ。時間を気にしている様子だった彼女を身動きできなくすれば、きっとなにかが発生するだろう。正直なところ賭けではあった。だが、まんまと成功しはじめている。そして今、ドイツというキーワードを聞くことが出来た。

「ドイツに行きたいのですか?」
「……!」
唐突な問いかけに、思わず身構える亜美。
「そう固くならないでください。もうあなたも気付いているでしょう? 私はもうすぐ消えてしまう身。だから、少しお話しませんか?」

 セーラー戦士のブレインであるがゆえに、亜美はまず意図を考える。もしも今、第三者として分析していたのであれば、亜美はその意図に気付けただろう。だがジャーマネンが狙っている黒い感情が亜美自身から発生しているがゆえ、亜美自身はその感情に鈍くなっていた。結果、亜美はドロイドの狙いに気付くことはなかった。

「話をするぐらいなら、この拘束を解いてくれると嬉しいのだけど」

 強い口調で亜美は突っ返したが、ドロイドはくすりと笑って何故?と聞き返す。理由如何で拘束を解くことも添えて。

「私は早く勉強に取りかかりたいの」
「勉強してどうするのですか?」
「立派な医者になって多くの人を救うのよ。あなたのように人を傷つけるんじゃなくてね」

 亜美にしてみれば最後は皮肉のつもりだった。荒れる感情は本音とともに、黒い力までも放出していた。ドロイドはまたくすりと笑った。いつしか邪黒水晶の縮小は止まり、逆に少しずつ大きくなっていった。

「医学の勉強のために、ドイツへ行きたかったのですか?」
「そうね。もちろん時間さえあれば日本でもちゃんと勉強はできるの。でも今はあなたみたいのが居ないドイツに行きたいわね」

 ジャーマネンは愉快だった。この目の前の少女は、自分にどんどん力を与えてくれる。もうこの少女を始末するだけの力は戻っている。ただこのまま煽りつづけ、まずはカラベラス様の元に帰れるくらいには回復させよう。そうした後に手をナイフに変えてさっくりと刺してしまえばいい。笑みを隠し切れない。

 一方水の戦士は、荒れた感情の中でも敵の余裕を敏感に感じ取っていた。波が荒れていても、水の中は静かなように、内面に秘めた冷静さが、ドロイドの邪黒水晶が大きくなっていることを発見した。その要因をすぐさま弾き出すと、亜美は自身を恥じた。

 が、もう遅い。ジャーマネンは既に十分回復しているのだ。そして考える。自身を回収していたということは、彼女はあのセーラー戦士とやらの関係者のはずだ。なら……

 これまでまるで動くことがなかったドロイドが、にやりと笑いながら右腕を前に掲げる。それはすうっと細く変形したかと思うと、かしゃりと鋭い刃が生まれ、肘から先がナイフへと変わる。ドロイドはくすくすと笑いながら、ゆらりとこちらに伸びてくる。

 あんなもので一突きされれば、即座に死ぬ。亜美の全身から汗が噴き出ていた。しかしそれでも目は閉じない。隙を探すために。チャンスを掴むために。頭がフル回転する。

 果たしてジャーマネンのナイフは、亜美の左胸へと当てられた。しかしその鋭い刃はそこで止まり、赤いドロイドは代わりに口を開いた。

「取引を、しましょう」


つづく


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書いた日: 2011/02/22 02:39 カテゴリ:妄想


作成:スラマイマラス
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