「また失敗したのね、サナ」
一段高いところから響く声に、私は膝を屈め、ひたすらに恐縮した。
「いいわ、失敗したあなたには、もう一度入れてあげないとね」
かつんと、足音が暗い室内に響く。『あれ』を思い出し、私は体を震わせる。
「ギョウ様、ご勘弁を……そのようなことをされずとも、私は、必ずや次こそは」
「なにを言っているのかしら。私から直接与えることを、名誉と感じなさいな」
私の顎に、ギョウ様の手が伸びる。ぐいっと、無理矢理顔を上げさせられ、そこにはギョウ様の笑顔があった。
「さあ、受けとりなさい」
私の口に、ギョウ様の口が押し当てられる。その瞬間、私の口に蟲が雪崩れこんでくる。2,3cm程度の白い紐のようなそれが、ずるずると喉を滑り落ちてゆく。ごくり、ごくりと喉が2回鳴ったところで、口が離される。
「うふふ、前よりも、多めにしておいたわ」
胃で、大量の蟲が暴れまわる。強酸を避けるため、蟲たちは袋の奥へと身を隠そうと皮を裂く。あまりの激痛に、私は胸を掻き、転げ回る。
「まだまだ、次はここから……」
転げる足をひょいと掴まえると、ギョウ様は私の、汚いところを、じっと見つめる。
「相変わらず、おいしそうなおしり……ちゅっ」
途端、中へと蟲が流しこまれる。本来は出すところから、ぐじゅぐじゅと穴を掻き分け入ってくる。それは、どこか不可思議な、ほんの小さな快感を、しかし確実に私に伝えてくる。
「ああああぁっぁあぁあああぁぁぁ!!!」
猛烈な痛みと、むず痒い快感に翻弄されながら、私は10分ほど転げ回った。
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「落ちついたかしら?」
「……はい」
息も絶え絶えに、私は返事をした。こうしてギョウ様に植えられた蟲は、私の中に潜む。そしていざ戦闘となった際、私の内から表れ、その間に私が体験したことに基くものへと変化し、私の体を覆うのだ。さながら、生体アーマーのごとくだ。
「さあ、では次こそは成功することを祈っているわ。くれぐれも成熟するまでは、見付からないように」
「はい……」
最早、まっすぐ歩くことすら出来ず、私はふらふらと部屋の出口へと向かった。
「ふふ、今度はなんになるのかしら、楽しみだわ……」
私の後ろから、ぼそりと、そんな声が聞こえた気がした。
「また、失敗したのね、サナ……」
「申し訳、ございません……」
もう、このやりとりも何度目になるだろう。見下ろせば、いつものように、サナは小さく縮こまっていた。
「あれだけの蟲を入れてあげたのに、まだ駄目だというのね……」
びくりと、サナの体が震えるのがわかった。ああ、ほんとうに、かわいらしい娘。私の中の蟲が、ぐじゅると蠢いてしまう。
「も……もうしわけ……」
「顔を上げなさい、サナ」
そう命じても、サナは顔を上げようとしない。……今日はどれだけ蟲を入れても負けてしまうサナのために作った、とっておきのものをお披露目しようと言うのに。
「見て……」
そう、もう一度命ずると、ようやくサナは顔を上げた。サナの見ている前でこれを出すことに興奮を覚えながら、私は下腹部に力を入れた。
「ん、ふぅ……っ」
じゅる、じゅるりと、私の中から、ゆっくりとそれは伸びはじめた。
「は……あはっ……」
それが私の内から伸びていくたび、蟲を出すのと、同等の快感が私を襲う。びくん、びくんと、もう何度も体を震わせ……1mほど伸びたところで、それは止まった。
「さあ見て、サナのために作ったのよ……」
腕程度の太さのそれは、しかし鞭のようにしなやかに動く。そしてその先は、注射針のように鋭く尖り、その先の小さな穴からは、もちろん、蟲が出るようになっている。
「口だけじゃ足りないサナのために、ある漫画を読んで参考にしたの」
ひょいと尻尾を動かし、先を私の肩へと乗せ、そしてゆっくりとサナへと歩いていく。
「この尻尾でね、お口にもたっぷり、お尻からもいっぱい注ぎこんで、それで、血管の中にも送ってあげようと思うの」
がたがたがたと、サナは震えていた。そのかわいらしさに、思わず尻尾からぴゅるりと私の胸へと蟲が出てしまう。……もったいない。私の蟲は、全てサナに注ぐためにあるのに。
「さあ、楽しみましょう? まずはいつものとおり、口づけから」
私はサナの顎へと手を延した。
「ん……あっ……はぁっ……」
サナに寄けた蟲から、映像が流れこんでくる。あれだけの蟲を流しこんだのに、無様に負けようとしているサナの絵が。
「ん、あ、あああああああっ!!」
また、びゅるりと尻尾から蟲が流れ出てしまう。サナ、サナのための蟲。一匹たりとも無駄にしないため、私は今、浴槽にいた。もう、出した蟲は4cmぐらいになっているだろうか。私の足元で、白い蟲がぐじゅぐじゅと蠢いている。
そう、サナが帰ってきたら、この浴槽に沈めるのだ。爪の間や、肌や、鼻や、耳、ありとあらゆるところから侵入させるのだ。その上で口にも、お尻にも、そしてあそこにも、この尻尾や、口から
「あ、んぅ、ああああっ!!」
びじゃびじゃと、今度は尻尾だけでなく、アソコからも出てしまった。はやく、早く負けて帰ってきて、サナ……そうじゃないと、私……
「また、失敗したのね、サナ……」
「申し訳、ございません……」
また、負けた。負けたのに、何故、私は嬉しいのだろう。
正直、今度こそは、という自信はあった。幾度とも経験した戦闘から、ようやく蟲の使い方が分かってきた。今回など、蟲が、自らの一部のように動いているような感覚すらあった。私の体が蟲に適応してきたのかとも思えた。なのに、負けたのだ。
「この尻尾から、口にも、おなかにも、血管にまで送りこんで、お風呂にまで入れてあげたのに、まだ足りないのかしら?」
その言葉に、ぞくりとした。
そう、適応なのだ。あれほど痛く苦しく、嫌だったが……蟲が侵入してくることが、快感なのだ。蟲が中に居ることが、幸せなのだ。そう、あの蟲が、今では愛おしいのだ。浄化され、蟲が体内にない現状から、一早く抜け出したいのだ。
「それにね、ちゃあんと見ていたのよ。サナの戦い」
びくりと、寒けがした。
「なんで負けたのかも知っているわ。もう少しだったのに、サナが、拳を止めてしまったことも」
「…………」
……なにも、言えなかった。その通りだった。
戦いは圧倒的だったのだ。でも止めを差す瞬間、頭をよぎってしまったのだ。『もし、このまま、勝ってしまったら。もう、蟲を入れてもらえなくなる……?』……その瞬間、拳を、止めてしまった。そして、もう、戦えなかった。浄化され、「あなたもしかして洗脳、好んで戦っているわけではないの」と気持ち悪い顔で近付いてきた敵の手を振り払い、逃げてきたのだ。
「私の言うことを聞けないの……?」
「そんなことはありません!」
即答した。心身ともにギョウ様へ捧げる覚悟が変わったわけではない。わけではない、のに。それに続くギョウ様の言葉に、私は身を震わせた。
「ならいっそ、あたまの中に、蟲を入れちゃおうか?」
一瞬でそれを想像した。あの愛おしい蟲たちが、私の頭へと、ぐじゅぐじゅと入りこんで、そして、中で増えて……
「それが、忠誠の証となるのであれば、喜んで」
はっきりと、そう答えていた。……しかし、これは嘘だ。忠誠とか、そんなんじゃない。私はただ、蟲を入れて欲しかったのだ、頭に。
ギョウ様はくすりと笑うと、身につけていた衣をするりと落とし、一糸纏わぬ姿となった。初めて見るギョウ様の肌は毛のひとつも無く、白く、なめらかで、美しい光沢を放っていた。
「ギョウ様……」
その先は、言葉に出来なかった。ギョウ様はにこりとしながら、私に口づけをした。じゅるりと蟲が、私の口へと入った。
「さあいきましょう」
ギョウ様と一緒に蟲の浴槽へと入る。途端、私の内へと蟲が潜りこんでくる。私は体をぴくぴくと震わせながら、それを受けいれる……
「吸って」
ギョウ様の乳首が、私の口へと差しこまれた。初めて口にするそこから出るのは、ミルクではなく、蟲だ。ぴゅるりと可愛らしく飛びだしてくる蟲たちを、私はごくりごくりと飲みこんでゆく。
ギョウ様の尻尾からは、どぷりどぷりとシャワーのように蟲が溢れていた。そのたび、ギョウ様の体も震えていた。蟲は既に浴槽から溢れんばかりになっていた。
「サナ、いきますよ……」
その声とともに、尻尾は私の首筋へと深く差しこまれた。そこから、蟲が流れこんでくるのがわかる。それは血流に乗り、頭の中へと潜っていくのがわかる。頭から、ぐじゅぐじゅと音が響いてくる。
「う、あ、あは、は、はは」
絶えまなく全身に電気が流れていた。耳から、口から、鼻から、目から、胸から、臍から、あそこから、おしりから、おしっこから、蟲たちが侵入してきていた。
「あ、あひ、あひひ、ひぃ」
ぷつんと、そこで私の記憶は途切れた。
「また、負けてしまったわね、サナ……」
「申し訳、ございません……」
それでも、私は負けていた。
敵が、パワーアップしてきたのだ。私は浄化の光という兵器をまともに浴び、愛しい蟲たちを全て失ない、身動きすら取れなかった。そこを、ギョウ様に助けていただいたのだ。
「私にもっと、力があれば……」
思わず、そう呟いていた。万全で臨んだはずなのに、相手のパワーが圧倒的だった。「私を洗脳から救うため」に特訓とかなにやら言っていた。迷惑だった。
「なら、与えましょう、かわいいサナ」
ギョウ様は、にこりと笑った。
「私の内で、最強の蟲へと産まれ変わるのです」
ぐぱぁと、ギョウ様の尻尾の先が、大きく開いた。
「ギョウ様……」
私は頭から、その尻尾の中へと呑みこまれていった。
細く暗い肉の管の中。ゆっくりと奥へと導かれているのを、私は感じ取っていた。
そして体を圧迫するキツさから開放され、そこが終点だとなんとなく理解できた。なにしり、そこは一面が白だった。蟲、蟲、蟲、蟲。視界に映る限り蟲がずるずると絡みあっていた。蟲の奥、どこまで手を伸ばしても、蟲。どこまで足を伸ばしても、蟲。それが私をやわらかく包みこみ、まるで保護しているかのようだった。さながら蟲で出来た、子宮だった。
と、私の目の前で、蟲の一部が盛り上がる。それはうじゅうじゅと絡みあいながら、ある形を取った。
ギョウ様。蟲で出来たギョウ様だった。ギョウ様はにっこりと笑うと、私に覆いかぶさるようにキスをした。そう、いつものように、まずは口づけから……
大きく膨らんだお腹を撫でながら、私は笑みを隠せなかった。
愛しいサナ。私の中でゆっくりと眠りなさい。そして、より強く、より美しく変わるのです。誰にもあなたを傷付けられないほどに。